寛也から聞いた鈴木アオイさんの話は想像以上だった。

 鈴木美智子さんは高校2年生でアオイさんを出産し、そのまま高校を中退。

 彼女はアオイさんの父親が誰であるかを、決して言わなかったらしい。
父親が誰かも分からない子を出産した彼女は、身内の恥と罵られ勘当された。

 地元を離れる程のお金もなく、誰の助けも借りられずに鈴木さん親子は貧困に苦しんだ。
 アオイさんは貧乏で新しい服も上履きも買ってもらえず、汚い臭いと虐められたそうだ。

 何度母親に尋ねても「アオイの存在は父親にとって迷惑だから」と言われて、父親の正体を教えてもらえなかった。

 アオイさんは自ら試験を受け、高校から寮も含めて全額学校に負担してもらうことで地元を脱出した。

 自分が特段優秀な頭脳を持っていることから、茨城の神童と呼ばれた渡辺隆が父親と疑ったりもしたそうだ。

 しかし、渡辺隆は茨城にいた当時交際相手がいて、鈴木さんとは同じ高校に通っていたことしか接点が見られないことから確信が持てなかった。

 母親が盲信的に自分の父親を崇めているのが、一種の洗脳状態にあると考えた彼はますます父への恨みを募らせた。

 とにかく自分の力をつけて、いつか社会的に自分の父親を抹殺してやるという気持ちを支えに生きてきたという。


「母も一種の洗脳状態なのでしょうか。でも、私はもう母を救いたいと思ってません。両親とも破滅してしまえ、自業自得だと感じてます」

 自分の親に対して、冷酷すぎる感情を私は持っている。

 私は彼らにとって、愛する子ではなくペットに過ぎなかった。

 周りにアピールするように私の写真を撮っても、寛也がしてくれたようにアルバムにしてくれることはなかった。

「アオちゃんがそう思うのは当たり前だよ。アオイさんなんて、もっと激しく憎んでいるから。ずっと愛して欲しいと出してたメッセージを、無視され続けたんだから憎んで当たり前」

 寛也が言った言葉に、私は自然と涙が溢れた。
 ずっと、彼が私を見てくれてたからこそ言える言葉だ。

「佐々木さん、あなたは本当に損な方ですね。チャラチャラした見た目をしているのに、中身は親切なオタクです。きっと、そのギャップで苦しいこともあるでしょう。これからは、私に何でも相談してください。あなたが私を助けてくれた分、友達として私にもあなたの助けになる機会をくださいね」

「やっと話し掛けるな!から、友達に昇格できたんだね。アオちゃんも抱え込まずに何でも話してね。そろそろ、甘城さんのところに行った方が良いんじゃない?」

 時計を見ると19時を過ぎている。

 回帰前の記憶によれば、20時過ぎくらいに40階から出火した。

「佐々木さん、お願いがあります。今日はこの後、2時間くらい散歩に出掛けてくれませんか?」

 私は出火元である40階で、火事を防ぐつもりだ。
 そして、健太郎さんの運命をかえる。

 しかし、起こるか分からない火事のために住人は避難させられない。

 寛也だけでも、先に避難していてほしい。
 前回、彼がしっかりと避難できたとはいえ、今回も避難できるとは限らない。

「2時間、ふらつくのは長くない? 不審者として通報されそうだけど」

 寛也はこの先起こることを知らないからか、私の言葉に少し笑いそうになっている。
 でも、笑い事ではない。

 私は回帰前は知らなかった彼を知って、彼には絶対生きていて欲しいと思っている。

「堂々と歩いていれば不審者などと思われません。私の女の勘が、佐々木さんは散歩をすると運気が上がると言っています。私の言うことを聞いてください。それから、1日早いけれど言わせてください。お誕生日おめでとうございます」

 出火元の40階で、何が起こるかなんて私は分からない。

 もしかしたら私は火事で1時間後には死んで、彼にはもう会えないかも知れない。

 彼に誕生日のお祝いを言った時に、彼がどうして回帰前に泊まって欲しいと言ったのか気がついた。

 回帰前は彼の誕生日が、私の誕生日の翌日だと知らなかった。

 0時になる瞬間に、彼は私に誕生日だと明かしてお祝いをして欲しかったのだろう。

「ありがとう、アオちゃん。言われた通り散歩するから、安心してフィアンセの元に行ってね」

 寛也の言葉に笑顔で頷くと、私は愛する健太郎さんの元へ向かった。