「アオさん、あの⋯⋯」

「これは、アクアラインですね。川崎と木更津、つまり神奈川県と千葉県は繋がっているということです」

 俺の言葉は、唐突なアオさんの言動にかき消された。

 暗くなってきたので、「海ほたる」にでも行けば星が見えてロマンティックだと思ったのだ。

 さっきまで良い雰囲気だったと思ったのは、おじさんの勘違いだったのだろうか。

 なぜだか、アオさんはお仕事モードのようなスイッチがある気がする。
明らかに、今、そのスイッチが入ってしまった。

「はい、そうです。この海は東京湾です」
 俺は告白しようとしていたのに、気がつけばツアーガイドのようなことを言っていた。

「千葉に土地があるので、そこにグランピング施設を作ろうと思います。健太郎さんの会社と独占契約させてください。共用スペースは、うちの別荘を改築するのであっという間にできると思います」

「え、あ、はい。グランピングは最近流行ってきてますね。やはり、家族水入らずで過ごせたりするのが良いのでしょうか」

 家族という言葉を出した時に辛さよりも、目の前にいるアオさんと家族となれたらと思ってしまった。

 昨日出会ったばかりの相手に対して、流石に自分の気持ちが加速しすぎていることに気がつく。

 告白は彼女が大学を卒業するか、せめて20歳を過ぎてからにした方が良いだろう。

「アオさん、ちなみにアオさんのお誕生日はいつですか?」

 彼女は大学1年生と言っていたから18歳か、19歳だろう。

 自分の中で彼女の20歳の誕生日までは、告白するのを我慢するというルールを決めた。

「今日で、19歳になりました」

「お誕生日おめでとうございます」

 今日はアオさんの誕生日だったらしい。
 俺は食い気味に彼女にお祝いの言葉をいった。

 プレゼントの用意や、レストランの予約をすればよかったと後悔した。
 それにしても、娘の誕生日に両親の帰宅が23時というのは寂しい。

 アオさんは平気そうにしているが、平気なはずがない。

「事業を海外旅行から、国内旅行にシフトする件はどうなってますか?」
 俺の心配をよそに、アオさんはお仕事モードのままだった。

「久しぶりに国内のホテルや旅館をチェックしたのですが、10年前の3倍くらいの価格ですね」

 箱根など有名な観光地の温泉旅館は1泊1人3万円、2人で6万円くらいだ。
 10年前なら、グアムやサイパンに旅行に行けていた価格だ。

「10年前と比べることに意味はありませんよ。でも、割高と感じるその感覚は大事です。1泊3万の宿も健太郎さんの会社では1万で泊まれるようにすれば良いではないですか。宿が値段を高くしなければならないのは、平日を含めると稼働する部屋が少ないからです。足を運んで交渉して、価格を抑えられるようにしてください。そのためには相手に、自分と付き合うと良い思いができると思わせねばなりません。ターゲットの宿を健太郎さんの顔出しで、プロモーションしたりして顧客を増やしてあげてください。旅行サイトの口コミは操作されているので意味がないと、ほとんどの人が知っています。健太郎さんは顔が売れてファンもついているようなので、自分のブランド価値を最大限に利用してください」

 アオさんの物言いに、彼女の父親である木嶋隆を思い出した。

 彼は自分のブランド力を上げるために、木嶋グループや家族を利用している。

 そして、今、俺の頭の中はアオさんの誕生日のことでいっぱいで仕事モードにはなれない。

「アオさん、確かに日々変わり続ける状況の中、昔と比べることに意味はありませんね。常に変化していかないとなりません。さあ、海ほたるに着きましたよ」

 彼女と俺の関係も変化させていきたい。
 そして、時間的に夕飯時だがレストランが海鮮系ばかりだ。

 フレンチレストランを予約して、サプライズでバースデーケーキを用意したかった。

 「誕生日なので欲しいものを買ってあげる」と言いたいけど、現状ここで買えるのはお土産品のみだ。

「風が強くて、気持ち良いですね」
 車を出ると、想像以上に外の風は強かった。

 そして、他の女の子ならたなびく髪を抑えそうなのに、アオさんはひたすらに風に当たっている。

 そういうところも彼女の生き方があらわれていて愛おしい。

「アオさん、生まれてきてくれて、俺と出会ってくれてありがとうございます」

 俺は恥ずかしいような言葉を気がつけば言っていたが、彼女は微笑みを返してくれた。

「ありがとうございます。健太郎さん、私、自動車運転免許を取ります。日本の運転免許を取るのは難しいと聞きますが、私に取れるでしょうか? 私は自分で色々なところに行ける人間になりたいのです」

「免許なんて誰でも取れますよ。アオさんなら絶対に大丈夫です」

 5ヶ月後、俺は自分のこの発言を酷く後悔することになった。

 「誰でも」、「絶対大丈夫」などという言葉は、2度と使わないと決意することになる。