「アオさん、お誕生日おめでとうございます」
 宅配業者の男性が、笑顔で言ってくる。
 
 私は回帰前は初対面の業者が私の誕生日を知っていることに、恐怖で凍りついた。

 でも、今は理由が分かっている。

「ありがとうございます。お疲れ様です。そこに荷物を置いてください」

 特大のスーツケース2個分より大きい段ボールは抱えきれない。
 そして回帰前の私はこの中身を見るなり、鈴木さんと相談してそのまま捨てた。

「宅配業者の方とお知り合いなの?」
 舞ちゃんが聞いてくる言葉に私は首を振った。

「祖母が、宛先にメッセージを書いてしまってるんだ」
 私はダンボールの宛先欄を指差した。

 回帰前は、そんなところにメッセージを書く程、常識的な行動ができなくなっている祖母を心配した。
 でも、今は母さえも言わない「お誕生日おめでとう」を宛先欄で伝えてくれた祖母に心が温かくなっている。

「すごい、賢い。私もお母さんに、お兄ちゃんに荷物を送る時、宛先に置き配禁止って書くように教えてあげよう」
 舞ちゃんが明るく言ってくれたので、元気が出た。

「確かに、宛先欄に書かれたら置き配できないね。お兄様は一人暮らししてるの?お兄様と一緒に住むのは難しいの?」

「お兄ちゃんは東北の大学に行ってるんだよ」

 私は勝手に地方の人が出てくるのが東京だと思い込んでいたが、そうではないらしい。

 そして、東北に行った兄は一人暮らしが許されて、舞ちゃんの一人暮らしが許されないのは性別の差だろうか。

 兄弟がいるなんて羨ましいと思いながら、私にも腹違いの兄弟がいる気がしていた。

 世界を巡ってて思うのは、世界は驚くほど狭いということだ。

 ベトナムで会った人にシンガポールで再開したり、実は人生の登場人物は限られていると感じることが多い。

 私は日本に戻る前にシンガポールにいた。

 もしかして、私の腹違いの兄が近くに住んでいたかもしれない。

「誕生日プレゼント、大きいね」
 舞ちゃんが私がダンボール箱を開けるのを期待している。

 そのような彼女を見て、私はダンボール箱を空けた。

 見たことないような大きな段ボール箱に、たくさん敷き詰められた白い粉。

「すごい、小麦粉の詰め合わせだ。誕生日プレゼントとして、これでケーキを作って良いかな?」
 舞ちゃんが箱の中の白い粉を見ながら言う。
 確かにパッケージには小麦粉とあるが、大量の小麦粉を誕生日プレゼントに贈る行為を回帰前の私は病んでいると捉えてしまった。

 私の日本での初めての友達は目を輝かせて、祖母のプレゼントを見てくれている。

「冷蔵庫にケーキの材料なんてないかもしれないけど」

 私は嬉しくて泣きそうになるのを耐えながら、冷蔵庫を空けた。
 私は段ボールいっぱいの白い粉を見て、舞ちゃんが引いてしまうと思っていた。

 祖母が狂っているのは木島家の秘密だった。

 精神的に苦しい状態でも、祖母は私の誕生日を祝福してくれたのだ。

 そして、今、友達がプレゼントの小麦粉を使って、ケーキを作ってくれると言っている。

「人参、卵、ほうれん草、色々入っているね。キャロットケーキとか、ベジタブル系のケーキを作っても良い? お店の素敵なケーキがあるから食べきれないかもしれないけど」

「舞ちゃんの作るケーキ食べたい。お店のケーキよりきっと美味しいんだから」

 私は回帰前に食べた有名店のケーキの味なんて覚えていない。
 でも、今から舞ちゃんの作ってくれるケーキの味は一生忘れない自信がある。

「プレッシャーありがとう。最善を尽くすね」
 舞ちゃんが台所洗剤で手を洗いはじめた。

「舞ちゃん、ちゃんとハンドソープで洗って」
 私はキッチンに置いてあるハンドソープを差し出した。

「これ、使って良かったの? 高級なクリームなのかと思ってた」

「私もそう思って、洗剤で手洗いしてしまいました」

 鈴木さんが笑いながら言う。
 言われてみれば、キッチンに置いてあるハンドソープは高級そうな壺に入ったクリームに見える。

 母は、料理もしない上に、キッチンで手を洗うこともない。
 そのようなことをするのはメイドの仕事だと思っている。
 実際、白金の家には住み込みのメイドがいるし、駐在先も場所によってはメイドがいた。

 置き物にもなりそうな美しい壺に入ったハンドソープをキッチンに置いているのは、見栄えを意識してのことだ。

 そのことが母の本質を示しているようで気分が悪くなった。