十分もしないうちに、カオルはお盆を持って戻ってきた。
 鼻を掠める香ばしい匂いに目を細める。なんだろうと思って、目の前に差し出されたお盆の上の料理を見ると、メインディッシュの豚カツが視界いっぱいに飛び込んできた。

「温め直したものだから、あんまりサクサクしてないかもだけど。これ、黒毛和牛なんだよ」

 豚カツじゃなかった。牛カツだ。黒毛和牛のカツなんて、初めて食べる。こんがり狐色をしているそれをお箸でつまむ。口に入れると、サク、という小気味よい音がして、口の中にじゅわりと肉汁が広がった。

「美味しい……すごく。こんなの初めて食べた」

「本当!? よかった〜! 日波の口に合うか分からなくて、ドキドキしてたんだあ」

 少女のように頬を綻ばせて嬉しそうに言うカオル。私は、自分がカオルを家から追い出したことを負い目に感じていたのに、カオルにはネガティブなオーラが一つもないことに気づいた。

「ねえ、カオル。私のこと、怒ってるでしょ?」

「え、なんで?」

「だって、あんなふうに追い出しちゃったんだよ。手紙読んだけど、カオル、本当は頑張って就活してたんだよね。料理教室も、見えないところで努力してたのに……。それなのに私は、カオルにひどいこと言っちゃったから。本当に、ごめんなさい」

 副菜の酢の物が、口の中で余計に酸っぱく感じられる。シャキシャキと咀嚼したきゅうりをごくりと飲み込む。
 カオルは、目を丸くして食事しながら謝る私を見つめていた。
 何か気に障ることを言ってしまっただろうか——後悔が再び胸を襲う。けれど彼女は、ゆっくりと首を横に振った。

「手紙にも書いたけど、私にとって日波の家は、停泊所だったの。今まで、心の向くままに人生を謳歌してるつもりだったけど、知らな
い間に疲れちゃってた。異国の地で、言葉が通じなくて苦労したことも多くてねえ。久しぶりに日本に帰りたいって思って、成田空港に到着した途端、日波の顔が浮かんだんだ」

「私の顔が?」

「うん。日波だけだったんだよ。高校生の時さ、私のことを変人扱いしないでずっとそばにいてくれたの」

「え、そうだった? カオル、友達たくさんいたじゃん」

「ううん、いなかった。みんな、私のことを『浪江さんって明るくていいよね』って言ってくれるけど、仲良くしようとはしなかったよ。嫌われてはなかったと思うけど、積極的に関わってくれる人もいなかったというか。ふふ、やっぱり私、人付き合いが苦手なのかも。そんな中、日波だけは当たり前に友達でいてくれた。だから日波だけなの。私が心から友達だって思える人は」

 カオルが切なげに笑いながら、高校時代の交友関係を語る。その話は、私にとっては衝撃以外の何ものでもなかった。
 だって私は、いつも明るくて前向きなカオルに、ずっと憧れていたから。
 カオルはクラスの人気者で、ムードメーカーで、ちょっぴり人とずれてはいるけれど、友達には困らないタイプの人間だと思っていた。

 でも違ったんだ。
 カオルは私の知らないところで、寂しさを抱えていたのかもしれない。