記載された住所まで、全力で走る。時刻は午後九時。二丁目にある『旬菜ダイニング和華菜』は真新しい看板を光らせて、住宅街の一角の佇んでいた。木の温もりが感じられる玄関には、おしゃれな暖簾がかかっている。お品書きが書かれた看板は、黒板風のものだった。

「はあ……はあ」

 店の前で呼吸を整える。看板に記載された営業時間を見ると、午前十一時〜午後九時となっていた。ああ、もう閉まっちゃったか——明日も開いているのだろうけれど、とてつもなく淋しい気持ちに襲われた。今日を逃せば、カオルに会えなくなる。なぜだかそんな予感さえして、胸が詰まった。

「あれ、日波?」

 ガラガラと引き戸が開かれる音がしたかと思うと、馴染みのある声が降ってきた。私は、落胆していた気持ちがすっと凪いで、店の中から出てきたエプロン姿の彼女を見やる。

「カオル……」

 どうやらカオルは看板を店の中にしまいに来たようだ。営業時間はとっくに終わっている。また明日以降に出直さなくちゃいけない。そんなことを考えていると、カオルが「どうぞ」と私を中に引き入れた。

「え、いいの?」

「うん、大丈夫。店長ー、友達が来てくれたんですけど、ちょっとまだ開けておいていいですか? クローズは私がやっておきます」

 店の奥にいるであろう店長に、カオルが声を張り上げてそう聞いた。タ、タ、タ、と軽快な足音が聞こえてきて、顔を覗かせたのは四十代ぐらいの女性だった。この人が、カオルが料理教室で出会ったという女性だろう。私は小さくお辞儀をする。店長は「あら、いらっしゃい。どうぞ」と心地よい笑顔を向けてくれた。

「カオルちゃん、あとはよろしくね。明日の仕込みのチェックも、最後もう一回お願いしてもいいかしら?」

「はい、もちろんです! お疲れ様でした」

 溌剌とした声で、全然疲れていない様子のカオルを見て、私はポカンとその場で立ち尽くしてしまっていた。
 荷物を持った店長が店から出ていく。同時に、カオルが私を席に促した。外観と同じく、内装も木製のテーブルと椅子で味がある。ところどころに飾られた観葉植物が、適度に癒しをもたらしてくれる。橙色の灯りが、店内をさらに温もりを与えていた。

「日波、夜ご飯はもう食べた?」

「ううん、食べてない」

 コンビニ弁当を温めている最中に健太がやってきて、お弁当を食べることすら忘れていた。ご飯のことなど頭からすっぽり抜け落ちていたのに、いざ聞かれるとかなりお腹が空いているのを自覚した。

「そっか。じゃあちょっと待ってて! まかないの残りがあるからさ」

 スタスタと厨房の中に入っていくカオル。その背中からは、以前私の家から出て行った時の萎れた様子は一切見られない。この仕事に自信を持って取り組んでいることがよく分かった。