いつだって、素だよ。
そう言いたいのに、兄の顔が脳裏に過ぎって、言葉に詰まる。俺は、兄になろうとしてるから、素じゃないのかもしれない。それは、他人から見たらわかりやすいものなんだろうか。
「ほらほら、冷めちゃうよ!」
メグルが言い出したことなのに、と思いながらスープカレーを食べ進める。メグルがハマる理由がわかるような気がした。食べれば食べるほど、内臓から熱くなっていくような感覚。
うまみの後に、ピリリッと舌に辛みが残る。癖になりそうな味だった。
全て飲み切って、お冷で口の中を冷やす。美味しかったけどこれで普通なら、これ以上辛いものは食べられそうにないな。
メグルも全て食べ終わったようで、スマホをぽちぽちと打ち込んでいた。
「次、どこ行こっか?」
「どっか、行きたいとこあんの?」
「んー、サトルは?」
俺は特にないよ。誰かと、出かけるとかしたことないし。それを告げてしまうのは、なんだか格好悪い気がして、口にはできない。
「今日は、じゃあ解散かな」
メグルの言葉に、シュンと気持ちが下がってしまう。まだ帰りたくないと思うのは、ワガママだ。それに、早く帰って勉強もしなくちゃいけない。それなのに、まだメグルと居たかった。
俺の気持ちを読み取ったかのように、メグルは立ち上がって俺の手を取る。
「じゃあ、ちょっとだけカフェでおしゃべりしてから帰ろ!」
嬉しさと、罪悪感がまた胸の奥でチリリと燃えている音がする。楽しい、楽しくちゃダメ。嬉しい、舞い上がんな。
生ぬるい風に吹かれながら、二人で札駅まで戻ってきた。カフェといえば、駅の中にいくつもある。どこがいいはなかった。むしろ、どこでも良かった。メグルと一緒の時間を過ごせるなら。
「私のオススメ、連れてってあげる!」
そう言われて付いていけば、エスタの屋上に向かっていく。エレベーターに乗ってぐんぐんと高いところに登っていくかと思えば、最上階の展望室にたどり着いた。
ここも、始めてきた。
「あ、ごめん、入場料掛かるけど大丈夫?」
「大丈夫」
一周ぐるりと見渡せば、札幌が一望できる。ビルや線路、余すところなく続いていた。カフェも確かにあり、札幌を眺めながら飲み物を飲めるようだった。
「高いところ、大丈夫でしょ?」
「そういうのは、来る前に聞くだろ」
「あはは、大丈夫だと思ったんだよね、ごめんごめん」
メグルは確信めいた言い方で、カフェのメニューを見ながら呟いた。ジンジャエールなどの炭酸飲料まであるのは、ありがたい。正直、コーヒーは苦手だった。苦いもの全般得意じゃない。
「ジンジャエールあるよ」
心の中を読まれたように、メグルがジンジャエールを指さす。やっぱり、メグルはちょっと不思議なところがある。心の中を読めると言われても、俺は多分信じてしまうだろう。
「ジンジャエールにする。メグルは?」
「アイスキャラメルマキアート!」
「甘いの好きだよな」
「なにー? サトルだって好きなくせしてさ」
「好きだけど」
「一口だけ、あげるよ」
二人分の注文を済ませれば、メグルは景色を一望できる席を確保しに走っていった。メグルが歩いてるとこ、あんまり見たことないかもしれない。いつだって、俺の手を引いて走っていく。
そんな活発なところが、羨ましくも思うし、なんだか、生き急いでるなという感想も出てしまう。時間は有限でも、そんなに限られてるわけでもあるまいし。
出来上がったドリンクを貰って、席の方に向かう。メグルの目は、札幌の景色に釘付けになっていた。
目の前にアイスキャラメルマキアートを置いて、隣の席に座る。
「すごいよね、こんなに見下ろせちゃうなんて」
「そうだな」
「観光出来てたらここだけで、札幌全部回ったようなもんだよ!」
メグルの言葉に、自然と笑い声が出ていた。メグルといると、楽しくて、厄介だ。
「そうはならんだろ」
「そっか」
ちゅーっとアイスキャラメルマキアートを飲みながら、メグルは拗ねたように目を伏せる。長いまつ毛の束が、瞳に掛かって美しいなと思った。
このまま、メグルとの時間を過ごせたら、楽しい。そう思えば思うほど、胸の中の罪悪感は、激しく燃え上がる。黙り込んで札幌の景色を見つめるメグルの横で、先ほど返せなかった兄への返信を作る。
【もう北大出ちゃいました。また今度、紹介します。機会があれば】
そんな機会は、多分、一生来ないけど。紹介はしたくないし、メグルとも、もう会う気はないから。