流された、とも言える。メグルが可愛かったから、とも。そして、友だちと出かけるという経験をしたいと憧れていたからもある。

 またメグルと会う約束をしてしまった。してしまったからには、ドタキャンなどで裏切ることはしたくない。

 何個も言い訳を重ねて、白い石を見つめる。多くの人が待ち合わせているようで、待ち人が来た人たちは嬉しそうに話しながら、去って行く。

 兄に、友だちと出かけると報告したら「そうか!」と、少し跳ねるような声で答えられた。怒られなかったことが、ますます罪悪感を募らせる。自分で自分を罰して、良いことなんてないと分かってるのに。

 それでも自分の楽しみや、憧れを優先した俺を、許せそうになかった。

 時計を見上げれば、待ち合わせ十分前。

 何度もスマホを確認して、メグルからの連絡が無いかと期待してしまう。会いたい。でも、行けなくなったと言って欲しい。そしたら、少しだけきっと、気持ちは軽くなるから。

「お待たせ!」

 俺の希望は虚しく、メグルは目の前に現れる。嬉しさと、罪悪感と、ぐちゃぐちゃになった頭で、見つめてしまう。

 メグルはポニーテールに、短パンとTシャツというラフな格好だった。黙り込んだ俺の前で右手をフリフリとする仕草に、胸がずーんと重くなる。

「大丈夫? どうかした?」
「なんも」
「そっかそっか! よし、北大行こ!」

 メグルは自然と俺の右手を引いて、歩き始める。今日は、北大のオープンキャンパスに行く約束だった。

 地下鉄に乗っても良いが、歩ける距離だ。せっかくだから、歩こうというのはメグルの提案。

 札幌駅の構内を抜けて、外に出れば登った太陽が容赦なく肌を焼いていく。メグルは小さい声で「あついねぇ」とだけ呟いた。

「暑いな」

 言葉を返せば、一瞬振り返って、唇を緩める。メグルの口元を見るたびに、猫を思い浮かべてしまう。そして、ついつい、見つめてしまうのだ。

「サトルは、大学決めてるの?」

 兄と同じところ。メグルは知らないから、答えないけど。だからそのまま、メグルに問いかける。
 
「メグルは?」
「私は、大学は行けないかな」

 じゃあなんでオープンキャンパスに誘ったんだよ、と言いかけてから、考え込む。メグルは、少し詰まったような言葉だった。メグルの学校の制服は、そんなに学力の低い学校だっただろうか? そうでもなかった気がする。

 メグル自身が勉強が苦手なのかもしれない。それでも、話してる感じでは、そんな感じは全然しない。

「私のことはいいの! サトルはどんな学部に行きたい? 何をしたい?」

 隣を歩いていれば、メグルはキラキラとした目で俺を見上げる。何がしたい。どんな学部に行きたい。そんなの、俺にはないよ。

 答えたら、幻滅されそうで言葉にはできないけど。だから、誤魔化すように、兄の学部を口にする。

「教育学部、かな」
「先生になるの? どうして? 何の科目?」

 メグルの質問攻撃は、止まない。だから、必死で言い訳を考える。兄は、何の先生になるんだろうか?

 考えているうちに北大に少しだけ近づいてきたらしい。塀の向こうの木々が揺れて、少しだけ涼しい風が吹いてくる。
 
 そういえば、何の科目の先生になるかも、どうして教育学部を選んだのかも聞いたことはなかった。昔からの夢でいえば、野球選手だったから……野球を教えるコーチを目指してるのかもしれない。

 考えても知らないことは、答えようがない。だから、そっけなく、言葉にする。

「決めてない」

 俺の言葉を非難するように、車のブーという音が鳴り響いて、ハッとする。顔を向ければ、ぶつかりそうになったのか車の運転主が、相手の車に何かを叫んでいた。

「危ないねぇ」
「車通り、多いからな」
「こんなに多いと思わなかった!」
「メグルって、そういえば、どこに住んでるの?」

 新札幌駅で出会ったのは、学校が近いからだろう。同じホームの電車に乗ろうとしていた、ということは俺と同じ方向の駅ではあると思う。

「え、私? 秘密!」

 家を聞いたから警戒されたのか、と不安に思えばそうでもないらしい。ただ、答える気分じゃなかったようで、怪訝そうな表情はしていなかった。胸を撫で下ろして、近づいてくる大学の正門を見つめる。

 正門前には「オープンキャンパスに参加する方はこちら」とデカデカと書かれた看板を持った、大学生が立っていた。

「二人で歩けば、あっという間だったね」
「そうだな」