ホームは潮風の匂いがして、海に来たことを実感させる。夏だと言うのに強い風が吹きつけて、顔を掠めていく。
「海の匂い」
「しょっぱいな」
ふざければ、メグルはまんまるの目で、俺を見つめる。ふざせただけなのに。
「確かにしょっぱい気もする」
頷いてくれるから、そんなことすら可愛くて胸がじんっとする。二人で駅の改札を抜ければ、大きな観覧車の横を通り抜けて、連絡通路がつながっている。どうやら、建物の外に出ることなく、ホテルに辿り着けるようだ。
商業施設の中は、夏休みだからか子ども達の活気で賑わっていた。わーきゃーとはしゃぐ子どもにぶつからないように、まっすぐ進む。
途中には、お寿司のパックや、焼き立てワッフルなど、おいしそうなメニューが並んでいた。甘いメイプルシロップの香りにつられて、メグルがフラフラと寄っていく。
「おいしそー」
「荷物置いたら、買いに来よっか」
「そうする! 早く行こ!」
焦るように、急に走り出したメグルの後ろ姿を追いかける。今までのように生き急いでる走り方ではなく、純粋に待ちきれないと言う表情だった。走ることだけで不安になっていた、自分を恥じながら、足を早める。
メガネ売り場の横に、ホテルの案内を見つけた。曲がって入れば、広い空間にキラキラと輝く照明。想像していたよりもしっかりとしたホテルの内装に、少しだけビビってしまう。兄ちゃんがプレゼントしてくれたとはいえ、高いホテルなんじゃないんだろうか。
フロントに近寄れば、「いらっしゃいませ」と静かな声が空間にこだました。メグルと繋いでいた手を離して、兄ちゃんからもらった紙を渡す。
「ご予約の原田さまでございますね。お待ちしておりました」
丁寧な言葉遣いに、どきんっと胸が脈打つ。ふぅっと深い息を吐き出してから、向き合えば優しい表情。
「荷物を先に預かってほしくて」
「かしこまりました。そのままお部屋の方にお持ちいたします。受付をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「お願いします」
出された用紙に名前を記入していけば、受付のお姉さんは小さい番号が振られたプレートを手渡してくれた。受け取れば、メグルがちょこちょこと近づいてくる。
「私のもお願いします」
「承りました。お部屋のカギは十四時以降のお渡しとなりますので、近くの従業員にお声がけくださいませ」
「はい」
軽くなった身体で、大きく頷けば、「いってらっしゃいませ」と爽やかな声が背中を押す。メグルが一瞬俺を見て、「行こう!」と手を引く。
海に、メグルが気になってたワッフルに、色々楽しまなくちゃ。最後の日だと言うことは、今だけは忘れて。
ホテルを出て、先ほどのワッフルの店へと戻る。メグルはショーケースの前で、どれにしようか悩み始めた。
「サトルはどれにするー?」
「メグルが食べたいやつ二つ選んでよ。半分こずつしよ」
「えー、じゃあイチゴと、クッキークリーム」
店員さんが、にっこりと笑顔で二つ手渡してくれる。大事に両手で、持ちながらメグルは嬉しそうに飛び跳ねた。
「おいしそうだねー! せっかくだから、海見ながら食べよ? ダメ?」
「ダメなわけないだろ」
それに……そんな可愛いお願いを断るわけないだろ。口にはできず、こくこくとただ頷いて、メグルと外に出る。すぐ目の前には、真っ青な海が広がっていた。近くにある公園が目に入る。
滑り台の遊具や東屋もあるようで、ゆっくりと食べるにはぴったりだった。二人で道路を渡って、東屋のベンチに腰掛ける。
「まずはイチゴー!」
嬉しそうにハムっと食べる姿は、猫というよりもハムスターみたいだ。クッキークリームは俺に渡してくれたけど、今は食べるよりもメグルを見つめていたかった。
口の横にストロベリーソースをつけたまま、メグルは「ふぁに」と不満そうに口にする。慌ててクッキークリームを食べれば、甘いクリームとクッキーのジャリジャリ感が口の中に広がった。
「お返し!」
そう言いながら、俺の唇を見つめる。気まずくて、顔を逸らせば「ほらぁ」と勝ち誇った声が聞こえた。勝ち誇るように言われても、嬉しくなってしまうのは、もうどうにもならない。
一挙一動が、全てが、愛おしい。
「一口ちょーだい」
「はい」
メグルの方を見ないようにしたまま、差し出せば、手をぐいっと引っ張られる。近い距離で目があって、身体全てが心臓になったみたいに、バクバクと脈打った。
「クッキークリームもおいしいね! はい、いちご!」
口元までずいっとワッフルを近づけられて、一口。当たり前のようになってきた一口が、今どれだけ嬉しいか、メグルは知らない。
「おいしいでしょ?」
「うん、うまい」
「へへへ、私センスある!」
本当にあるよ。あると思う。メグルが選んだものに、ハズレは今までひとつもなかった。俺は、全部好きだった。だから、感覚が近いんだよ。
そこまで考えて、一人でメグルのことばかり考えている自分に、おかしくなった。頭がおかしくなったみたいだ。こんなに誰かを好きになって、脳みそを焼かれるくらい、誰かのことばかりを考えるようになるなんて。あの時の俺は、思いもしなかったな。
ぺろりと平らげたメグルは、海の遠くをじっと見つめる。そして、「あっ」と声をあげて紙袋を取り出した。
「はい、写真撮って! あ、あと、一個だけお願いしてもいい?」
唐突な提案に、驚きながらも頷く。メグルのお願いはなんでも叶えたかった。俺ができることであれば。波が寄せる音が響いて、潮風が前髪を吹き上げる。
「海の匂い」
「しょっぱいな」
ふざければ、メグルはまんまるの目で、俺を見つめる。ふざせただけなのに。
「確かにしょっぱい気もする」
頷いてくれるから、そんなことすら可愛くて胸がじんっとする。二人で駅の改札を抜ければ、大きな観覧車の横を通り抜けて、連絡通路がつながっている。どうやら、建物の外に出ることなく、ホテルに辿り着けるようだ。
商業施設の中は、夏休みだからか子ども達の活気で賑わっていた。わーきゃーとはしゃぐ子どもにぶつからないように、まっすぐ進む。
途中には、お寿司のパックや、焼き立てワッフルなど、おいしそうなメニューが並んでいた。甘いメイプルシロップの香りにつられて、メグルがフラフラと寄っていく。
「おいしそー」
「荷物置いたら、買いに来よっか」
「そうする! 早く行こ!」
焦るように、急に走り出したメグルの後ろ姿を追いかける。今までのように生き急いでる走り方ではなく、純粋に待ちきれないと言う表情だった。走ることだけで不安になっていた、自分を恥じながら、足を早める。
メガネ売り場の横に、ホテルの案内を見つけた。曲がって入れば、広い空間にキラキラと輝く照明。想像していたよりもしっかりとしたホテルの内装に、少しだけビビってしまう。兄ちゃんがプレゼントしてくれたとはいえ、高いホテルなんじゃないんだろうか。
フロントに近寄れば、「いらっしゃいませ」と静かな声が空間にこだました。メグルと繋いでいた手を離して、兄ちゃんからもらった紙を渡す。
「ご予約の原田さまでございますね。お待ちしておりました」
丁寧な言葉遣いに、どきんっと胸が脈打つ。ふぅっと深い息を吐き出してから、向き合えば優しい表情。
「荷物を先に預かってほしくて」
「かしこまりました。そのままお部屋の方にお持ちいたします。受付をさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「お願いします」
出された用紙に名前を記入していけば、受付のお姉さんは小さい番号が振られたプレートを手渡してくれた。受け取れば、メグルがちょこちょこと近づいてくる。
「私のもお願いします」
「承りました。お部屋のカギは十四時以降のお渡しとなりますので、近くの従業員にお声がけくださいませ」
「はい」
軽くなった身体で、大きく頷けば、「いってらっしゃいませ」と爽やかな声が背中を押す。メグルが一瞬俺を見て、「行こう!」と手を引く。
海に、メグルが気になってたワッフルに、色々楽しまなくちゃ。最後の日だと言うことは、今だけは忘れて。
ホテルを出て、先ほどのワッフルの店へと戻る。メグルはショーケースの前で、どれにしようか悩み始めた。
「サトルはどれにするー?」
「メグルが食べたいやつ二つ選んでよ。半分こずつしよ」
「えー、じゃあイチゴと、クッキークリーム」
店員さんが、にっこりと笑顔で二つ手渡してくれる。大事に両手で、持ちながらメグルは嬉しそうに飛び跳ねた。
「おいしそうだねー! せっかくだから、海見ながら食べよ? ダメ?」
「ダメなわけないだろ」
それに……そんな可愛いお願いを断るわけないだろ。口にはできず、こくこくとただ頷いて、メグルと外に出る。すぐ目の前には、真っ青な海が広がっていた。近くにある公園が目に入る。
滑り台の遊具や東屋もあるようで、ゆっくりと食べるにはぴったりだった。二人で道路を渡って、東屋のベンチに腰掛ける。
「まずはイチゴー!」
嬉しそうにハムっと食べる姿は、猫というよりもハムスターみたいだ。クッキークリームは俺に渡してくれたけど、今は食べるよりもメグルを見つめていたかった。
口の横にストロベリーソースをつけたまま、メグルは「ふぁに」と不満そうに口にする。慌ててクッキークリームを食べれば、甘いクリームとクッキーのジャリジャリ感が口の中に広がった。
「お返し!」
そう言いながら、俺の唇を見つめる。気まずくて、顔を逸らせば「ほらぁ」と勝ち誇った声が聞こえた。勝ち誇るように言われても、嬉しくなってしまうのは、もうどうにもならない。
一挙一動が、全てが、愛おしい。
「一口ちょーだい」
「はい」
メグルの方を見ないようにしたまま、差し出せば、手をぐいっと引っ張られる。近い距離で目があって、身体全てが心臓になったみたいに、バクバクと脈打った。
「クッキークリームもおいしいね! はい、いちご!」
口元までずいっとワッフルを近づけられて、一口。当たり前のようになってきた一口が、今どれだけ嬉しいか、メグルは知らない。
「おいしいでしょ?」
「うん、うまい」
「へへへ、私センスある!」
本当にあるよ。あると思う。メグルが選んだものに、ハズレは今までひとつもなかった。俺は、全部好きだった。だから、感覚が近いんだよ。
そこまで考えて、一人でメグルのことばかり考えている自分に、おかしくなった。頭がおかしくなったみたいだ。こんなに誰かを好きになって、脳みそを焼かれるくらい、誰かのことばかりを考えるようになるなんて。あの時の俺は、思いもしなかったな。
ぺろりと平らげたメグルは、海の遠くをじっと見つめる。そして、「あっ」と声をあげて紙袋を取り出した。
「はい、写真撮って! あ、あと、一個だけお願いしてもいい?」
唐突な提案に、驚きながらも頷く。メグルのお願いはなんでも叶えたかった。俺ができることであれば。波が寄せる音が響いて、潮風が前髪を吹き上げる。