「メグルときちんと話したい」
「なにを?」
「メグルがどうしたいとか、俺のことをどう思ってるとか。なんでそんなに、寂しそうなのかとか!」

 なんとか言い切って、ふぅふぅと呼吸を整える。メグルは何も答えずに、俺のパフェを掬い取って口に入れた。パフェを食べる気も、起きずに、ただメグルの答えを待つ。どうして答えてくれないのか、想像もつかない。

「メグルが、なんであろうと知りたいよ、俺は」

 ダメ押しのように言葉にする。メグルが不意に瞳を押さえて、後ろを向いた。ぱふっと跳ねるポニーテールが、目の前で揺れている。

「私さ、サトルのことが好きすぎて化けて出てるんだよね」

 メグルの不意打ちの言葉に、唾を呑み込む。ごくんっと喉の動きだけ、やけに実感してしまう。言葉通りに受け取れば、お化けや幽霊の類。でも、俺はメグルと何度も手を繋いだし、抱きしめもした。それに、俺以外にも見えている。

 店員さんは大体メグルに注文を確認するし、兄ちゃんも、今回は会っていないけど、メグルのことを微かに覚えていた。だから、幽霊やお化け説はあり得ない。

「あはは、混乱してる」

 メグルの掠れた声に目を向ければ、メグルは泣き出しそうな顔で俺を見つめている。今だって目が合ってる。消えてしまいそうだとか、思ったこともあるけど、幽霊じゃないだろ。

「嫌になった? こんな恋人」
「嫌になるわけないだろ」

 幽霊だって、お化けだって、メグルはメグルだ。それが本当だとも思っていないけど。また一口俺のチョコレートパフェを掬おうとした、メグルの手を捕まえる。

 きちんとここに居る。感触がある。俺より小さくて、柔らかいメグルの手だ。

「前も話したんだけどさ。どこまでが同じ人間と言えるんだろうね? サトルは、いつだってちょっとずつ違うんだ、私が出会うたびに」
「たとえば?」
「猫を助けるのは、いつだって私だったんだよ、本当は」
「今回は、初めて俺が助けたってことか?」

 あの、メグルと出会ったきっかけのホームのみたらし色の猫。兄だったら助けるだろうと思って、俺は助けようとした。身体はなかなか言うことを聞かずに固まっていたけど。いつもは、動けなかったのか俺。情けないな。

「そう。いつも助けようとして、その寸前で私が手を出してたの」
「だから、ちょっと驚いてたのかよ」
「だって、こんなに明確に違うサトルは初めてだったから」

 メグルの頬には雫がぼたぼたと、垂れ落ちていく。いつもの俺と違うことが、そんなに、悲しい? 一人で考えても、俺はメグルの心は読めない。だから、考えることに意味はないと、気づく。

「どうして、悲しいんだよ」
「このループが、きっと終わるんだって思ったから」
「俺が理由なの?」

 俺が、動けないことが理由なのか。メグルが何度も繰り返してるのは。

「サトルが一人でもなんでもできるようになっちゃうから。もう、私要らないんだなあって」
「要らないわけないだろ」

 メグルから貰ったものは、たくさんある。この今の幸せな時間だって、メグルがいなければなかった。兄ちゃんと仲直りして、相談できるような関係にもなれていなかっただろうし、自分のやりたいことを知ることもなかった。それに、大切な人という存在を手に入れることもなかった。

 全部、全部、メグルが俺に用意してくれたものだ。

「いつもね、サトルはお兄ちゃんのようにならなきゃって縛られてて、私の押しの強さに振り回されながら、自分の考えとか、将来を取り戻していくんだよ。でも、私がいなくても、サトルは考えられたでしょ?」

 メグルと出会ったから、だ。メグルがいなかったらきっと、辿り着けていない。違うと否定したいのに、声が出なくなった。メグルだけ一人で語って、俺の身体は、あの時のように凍りついてる。

「サトルといるたびに、変わっていくサトルに嬉しさを覚えたの。でもね、サトルは最後は私と離れちゃうんだ。一回目からそう。夢が出来たから、私より夢を追いかけるためにどんどん、私たちの距離は開いて行く」
「それは」

 やっと出た声は、情けないくらいに小さくて、メグルに届いてるかも不安になるくらいだった。

「ループしてるから、じゃないよ。サトルは大切なものが増えていくの。私だけじゃなくなって、私は……」

 ぼつり、ぽつり、だった雨音が、ザアアアという音に変わっていく。メグルを抱き寄せて、絶対そんなことは起こらない。なによりメグルが一番だと伝えられればいいのに。目の前のテーブルが邪魔で、必死に手を握りしめることしかできなかった。

「学校でのサトルのことは知らないし、学校が始まればサトルは違う世界に行っちゃうでしょ」
「同じ世界にいるだろ。休みの日だって放課後だって会える」
「そうだね、でも私は、不安で、離れたくなくて。ずっと、夏休みが止まればいいのにって願って願って、願って、その思いだけが残っちゃった。だから、私は、私であって、私じゃないの」

 ぐっと涙を飲み込んで、顔をぐしゃぐしゃに歪める。場違いにも、そんな表情すら美しいと思った。初めて見たメグルの笑ってる以外の感情に、心が乱される。

 そして、俺だって、同じことを願ってた。メグルとずっと一緒に居れればいいのに。この時間が止まればいいのに。って。