考えてる間に、汗が背中を伝って、ぼたぼたと地面に垂れていく。メグルはどうして、汗をかかない? なぁ、どうして、こんなに嫌な予感がするんだよ俺。
「メグル」
いてもたってもいられず、名前を呼べば、メグルは振り返る。一瞬だけ、立ち止まって。
「どうしたの?」
「名前を呼びたくなった」
ごまかせば、メグルは膨れっ面をして「なにそれ」と笑う。いつもの表情なのに、嫌な気持ちが晴れてくれない。どうして、メグルは、生き急いでるんだ? なぁ、なんで、いつも曖昧に答えを濁すんだよ。
「サトル、行こっ!」
跳ねるポニーテールを見つめながら、追いかける。いつまでも、俺とメグルの距離は縮まらないような気がして、全身が軋むように痛い。俺とメグルは、どこまでも離れていくしかないのかな。この先も、未来も、隣にいたいって思うのは、間違いなのかな。
突き刺すような太陽も、生ぬるい風も、目の前を走るメグルも、答えはくれない。サル山を通り抜けた瞬間、獣臭が鼻を突いて、ごほっとむせてしまった。メグルはものともせず、相変わらず走っていく。
手を繋いでるのに、遥か彼方に居るような気がして、どうしてだか、涙が出そうだ。
「あったー!」
メグルが見つめる先には黒っぽい建物が、ちょこんと存在していた。大きなテラス席が目立っているが、暑さのせいか人はまばらだ。
「入ろう入ろう」
メグルに引かれるまま、店内に入れば涼しい風が顔に吹き付ける。ぶわりと沸いていた汗が、急速に引いていくのがわかった。
メニューを見れば、パフェやチュロス、ごはんもある。俺はパフェにしようか。そう思った瞬間、ふわりとメグルがスプーンをくわえる姿が、脳裏に浮かんだ。きっと、俺じゃない俺の記憶。ループを知ってから、ふわりと微かに脳に残る記憶が出てくることが増えた気がする。何を伝えたいかは、まだ分かりかねているけど。
「サトルは何にする? 私チュロスにしよっかな」
「パフェにする」
「やっぱり、チョコレート? 好きだもんねぇ」
好きとは言ったことないけど。今更か。心の中を読める設定は、いつのまにか忘れたらしい。違うか。ループしてることがわかったから、無かったことにしたんだろう。今まで、お見通しだったのは、繰り返しの俺から得た情報。
だから、好きだと告げた時、本気で驚いた顔した。そして、好きなのかなぁって感じではあったと、曖昧に答えたのだ。
注文をすれば、チュロスもチョコレートパフェも、すぐに出てくる。テーブルに近づけば、自然と手が離された。少しだけ、物足りなさを感じながら、伸ばした手は空を切る。
メグルが座ってさっそくチュロスを齧り始めたから、俺もチョコレートパフェを口に放り込んだ。ひんやりとしたソフトクリームと、甘いチョコレートソースが、口から身体を冷やしていく。味わっていれば、メグルの目が、俺のスプーンに動いた。
一口分掬って、メグルの口の前に差し出す。
「はい、あーん」
「あ、あーん」
そういえば、いつもメグルから一口交換しようとか。あーんとか、されていたなと気づく。戸惑っているのは、初めて俺からあーんをしたからか。
初々しいメグルの反応に、胃の奥がくすぐられるような、不思議な感覚だ。一口食べたメグルは、頬を緩めて「おいしいね」と呟いた。
「チュロスは、くれないの?」
「あーんしてくれってこと?」
「いつもしてくるじゃん」
回し食べとかに、抵抗がないのか、珍しいなと最初は思っていたけど。今では、当たり前のようななってきていた。
「してくれないの?」
もう一度、問い掛ければ、メグルは観念したようにチュロスを差し出す。カリッと噛み締めれば、生地の奥から油がじゅわりと溶け出した。口の中がせっかく冷えていたのに、急激にあったまっていく。甘さがおいしいけど、この季節には、熱い。
「おいしい?」
「おいしいよ」
「よかった」
ほっと安心したように、チュロスを齧るメグルの横顔に目が釘付けになった。目を離したら、ふわりと消えてしまうような、儚い残像のような。今までそんなこと思ったこともなかったのに。目を擦ってみても、メグルの表情はいつもと同じに見える。それなのに、不安が胸の中で激しく蠢く。
「メグルは、ループから抜け出したいって思わないのか」
つい、口から出た言葉に、メグルは瞳を少しだけ伏せた。長いまつ毛が、くるんっとカールしていて、美しい。この瞬間も、絵に残したい衝動に駆られる。
「抜け出したいとも思うけど、抜け出したくないとも思う」
「どうして?」
「さて、どうしてでしょう?」
ずきんっとこめかみが痛んで、また、俺じゃない俺の記憶が蘇る。口から飛び出ていくのは、俺の言葉じゃない。
「この世界の人間だけど人間じゃない……?」
しっかりと考えてみれば、ループしてることを指してる気もする。それでも、「そうだね」とメグルは頷く。人間じゃないってなんだよ。じゃあこの、繋いだ手も、おいしいねぇと笑う声はなんだよ。なんなんだよ。
一人でモヤモヤが募っていく。入口の方からぽつぽつと雨の音が聞こえて、目を向ければ天気予報になかった急な雨は、アスファルトを黒く染め上げていく。空は晴れているのに。
「雨降ってきちゃったね」
「メグルは、メグルなんだよな」
「最初に言ったじゃん、上月メグルだよ」
わざわざ丁寧にフルネームを、確かめるように呟く。メグルは、メグルならもうなんだっていい。それなのに、メグルの正体が頭の中でモヤモヤしてしまうのは……このループを終わらせるために必要なことなんだろうか。
「どうしたの急に」
兄ちゃんの二人で話し合えという昨日の言葉を思い出して、雨から目を背ける。後ろで聞こえるボツボツという雨音は、俺の気持ちを逆撫でした。
今、きちんと向かい合おうとしたところだったのに。
「メグル」
いてもたってもいられず、名前を呼べば、メグルは振り返る。一瞬だけ、立ち止まって。
「どうしたの?」
「名前を呼びたくなった」
ごまかせば、メグルは膨れっ面をして「なにそれ」と笑う。いつもの表情なのに、嫌な気持ちが晴れてくれない。どうして、メグルは、生き急いでるんだ? なぁ、なんで、いつも曖昧に答えを濁すんだよ。
「サトル、行こっ!」
跳ねるポニーテールを見つめながら、追いかける。いつまでも、俺とメグルの距離は縮まらないような気がして、全身が軋むように痛い。俺とメグルは、どこまでも離れていくしかないのかな。この先も、未来も、隣にいたいって思うのは、間違いなのかな。
突き刺すような太陽も、生ぬるい風も、目の前を走るメグルも、答えはくれない。サル山を通り抜けた瞬間、獣臭が鼻を突いて、ごほっとむせてしまった。メグルはものともせず、相変わらず走っていく。
手を繋いでるのに、遥か彼方に居るような気がして、どうしてだか、涙が出そうだ。
「あったー!」
メグルが見つめる先には黒っぽい建物が、ちょこんと存在していた。大きなテラス席が目立っているが、暑さのせいか人はまばらだ。
「入ろう入ろう」
メグルに引かれるまま、店内に入れば涼しい風が顔に吹き付ける。ぶわりと沸いていた汗が、急速に引いていくのがわかった。
メニューを見れば、パフェやチュロス、ごはんもある。俺はパフェにしようか。そう思った瞬間、ふわりとメグルがスプーンをくわえる姿が、脳裏に浮かんだ。きっと、俺じゃない俺の記憶。ループを知ってから、ふわりと微かに脳に残る記憶が出てくることが増えた気がする。何を伝えたいかは、まだ分かりかねているけど。
「サトルは何にする? 私チュロスにしよっかな」
「パフェにする」
「やっぱり、チョコレート? 好きだもんねぇ」
好きとは言ったことないけど。今更か。心の中を読める設定は、いつのまにか忘れたらしい。違うか。ループしてることがわかったから、無かったことにしたんだろう。今まで、お見通しだったのは、繰り返しの俺から得た情報。
だから、好きだと告げた時、本気で驚いた顔した。そして、好きなのかなぁって感じではあったと、曖昧に答えたのだ。
注文をすれば、チュロスもチョコレートパフェも、すぐに出てくる。テーブルに近づけば、自然と手が離された。少しだけ、物足りなさを感じながら、伸ばした手は空を切る。
メグルが座ってさっそくチュロスを齧り始めたから、俺もチョコレートパフェを口に放り込んだ。ひんやりとしたソフトクリームと、甘いチョコレートソースが、口から身体を冷やしていく。味わっていれば、メグルの目が、俺のスプーンに動いた。
一口分掬って、メグルの口の前に差し出す。
「はい、あーん」
「あ、あーん」
そういえば、いつもメグルから一口交換しようとか。あーんとか、されていたなと気づく。戸惑っているのは、初めて俺からあーんをしたからか。
初々しいメグルの反応に、胃の奥がくすぐられるような、不思議な感覚だ。一口食べたメグルは、頬を緩めて「おいしいね」と呟いた。
「チュロスは、くれないの?」
「あーんしてくれってこと?」
「いつもしてくるじゃん」
回し食べとかに、抵抗がないのか、珍しいなと最初は思っていたけど。今では、当たり前のようななってきていた。
「してくれないの?」
もう一度、問い掛ければ、メグルは観念したようにチュロスを差し出す。カリッと噛み締めれば、生地の奥から油がじゅわりと溶け出した。口の中がせっかく冷えていたのに、急激にあったまっていく。甘さがおいしいけど、この季節には、熱い。
「おいしい?」
「おいしいよ」
「よかった」
ほっと安心したように、チュロスを齧るメグルの横顔に目が釘付けになった。目を離したら、ふわりと消えてしまうような、儚い残像のような。今までそんなこと思ったこともなかったのに。目を擦ってみても、メグルの表情はいつもと同じに見える。それなのに、不安が胸の中で激しく蠢く。
「メグルは、ループから抜け出したいって思わないのか」
つい、口から出た言葉に、メグルは瞳を少しだけ伏せた。長いまつ毛が、くるんっとカールしていて、美しい。この瞬間も、絵に残したい衝動に駆られる。
「抜け出したいとも思うけど、抜け出したくないとも思う」
「どうして?」
「さて、どうしてでしょう?」
ずきんっとこめかみが痛んで、また、俺じゃない俺の記憶が蘇る。口から飛び出ていくのは、俺の言葉じゃない。
「この世界の人間だけど人間じゃない……?」
しっかりと考えてみれば、ループしてることを指してる気もする。それでも、「そうだね」とメグルは頷く。人間じゃないってなんだよ。じゃあこの、繋いだ手も、おいしいねぇと笑う声はなんだよ。なんなんだよ。
一人でモヤモヤが募っていく。入口の方からぽつぽつと雨の音が聞こえて、目を向ければ天気予報になかった急な雨は、アスファルトを黒く染め上げていく。空は晴れているのに。
「雨降ってきちゃったね」
「メグルは、メグルなんだよな」
「最初に言ったじゃん、上月メグルだよ」
わざわざ丁寧にフルネームを、確かめるように呟く。メグルは、メグルならもうなんだっていい。それなのに、メグルの正体が頭の中でモヤモヤしてしまうのは……このループを終わらせるために必要なことなんだろうか。
「どうしたの急に」
兄ちゃんの二人で話し合えという昨日の言葉を思い出して、雨から目を背ける。後ろで聞こえるボツボツという雨音は、俺の気持ちを逆撫でした。
今、きちんと向かい合おうとしたところだったのに。