キリンを見上げて、大きな口をあけるメグルを写真に残す。あの日以来描き上げたメグルの絵は、スケッチブック一冊分に到達しそうだった。きっと、今日のこの瞬間も、俺は絵に残す。
「ちゃんと見てる?」
「見てるよ、見てる」
メグルのことを、だけど。見てると答えれば、満足したのかメグルは「ならいいけど」と言って、俺の右手を当たり前のように繋いだ。俺は額に汗をかいているというのに、メグルは涼しげな顔をしてポニーテールを揺らす。髪の毛を縛っているから、暑さを感じないのだろうか。
「ちょっと暑くなってきたから、涼みに行かない?」
「いいよー、ソフトクリームでも食べる?」
「それは、あり!」
メグルは左手でポシェットから、園内マップを取り出す。繋いでる手を離せば見やすいはずなのに、離そうとしない。だから俺も手に持っていたスマホをポケットに突っ込んで、広げるのを手伝う。
「今が、キリンのところだから……」
二人で覗き込めば、大きい紙のはずなのに、頬が触れそうになる。俺は熱が出そうなくらい暑くなっていると言うのに、メグルの頬はひんやりとしているような気がした。
「メグルは、暑さに強いよな」
「そう?」
「手を繋いでても、熱いって思ったことないし」
メグルは一瞬俺の顔を見つめて、考え込む。至近距離すぎて、ドキドキと胸が激しく脈を打つ。ゆっくりと離れれば、メグルはくすくすと笑った。
「ドキドキした?」
「するだろ、そりゃ」
「ふーん?」
「メグルはしないわけ?」
それもそうか。俺と、何回も恋人になってるんだ。俺にとっては、初めての恋人でも、メグルにとっては違う。その事実がなんだか、とても悲しくて、辛い。
「ドキドキはしてるよ。だって、サトルとこんな恋人みたいなことすると思ってなかったし」
掠れていく声に、ますます脈が速くなる。今までの俺は、どれだけチキンでどれだけ残念なやつだったんだろう。想像しそうになって情けないから、やめた。メグルはすぐに園内マップに目を戻して、涼める場所を探し始める。
「ゾウのところを過ぎたところに、カフェあるみたいだよ」
メグルの言葉通り、園内マップを目で追ってみる。目の前のサル山を通り抜けて、ゾウの檻も通り抜けたところに、カフェという表記があった。
「本当だ、そこ行こう」
二人で協力して、マップを折りたたむ。メグルは、ポシェットに園内マップをしまい込んでから、走り出した。俺の手を引いて。
最近よく走るな、と気づいて、頭がおかしくなりそうな不安が、背中を這い回る。何か、おかしい。あの下書きのメグルは、いつも走ってると書いてた。俺の前のメグルはそんなことなくて。生き急いでるみたいと書かれていた文字を、間に受けていなかった。それくらいの、差異はあるもんなんだな、と。
違う。
どうして、急に走るようになった?
何が違う?
今回は俺が、メグルのことをなんとなく知っていた。それを知ったメグルは、普通に歩いていた。生き急ぐ必要が、ないと思った? 限られた時間を、精一杯走って少しでも短くしようとしてたのか。じゃあ、今は、また走り出した理由はなんだ。