「微かに、覚えてるの?」
ぽつり、と溢した言葉と一緒に、涙が流れていく。その雫が、オレンジ色を反射してあまりにも綺麗だったから。つい、人差し指で掬ってしまった。
「わかんない。でも、急に浮かんだ」
「今までのサトルも、今のサトルの中に、あるのかな」
「同じ人間だからね」
「どこまでが、同じと、言えるんだろうね」
そういえば、少しずつ違うとメグルは言っていたか。根底は変わらないけど、変わってるところもあるんだろう。髪型とか、兄との仲直りの時期とか、細かいところだろうけど。
激しい嫉妬を覚えた俺は、俺と同じ人間かと言われれば、素直には頷けない気がする。俺にはない記憶を持って、俺にはない意志を持ってる。であれば、同じ人間ではない気がした。それでも、根底は同じなのであれば……難しくて、頭がこんがらがっていく。
メグルは困ったように眉毛を下げてから、俺の顔を見て小さい笑い声を上げた。まるで、純真無垢な赤子のような、微かな震えた声。
「それだけでいいや」
「それだけ?」
「サトルの中に微かに残ってるだけでいい。私のこと、覚えていてくれたんだって、事実だけで嬉しいの」
メグルは、本当に消えるんだろうか。目の前にいるメグルは……人なんだろうか。ふわりと浮かんできた疑問を聞く勇気はなくて、ただ、縋り付くようにメグルの右手を掴む。
「俺の恋人になってください。限りある時間の中でも、二人で居たい。デートをしたい。好きだと伝えさせてほしい」
みっともなく裏返った声で言い切れば、メグルは「うん」とだけ答えた。それは、いつもの明るい表情ではなかったけど。先ほどまでの、困ったような顔とは違う、清々しい顔。
「あと二週間だけの恋人ですか。よろしくお願いします」
俺の手にも片方の手を重ねて、メグルはぺこりとお辞儀する。今抱きしめたら、どんな顔をする? 心臓が全身に広がっていくように、熱い。燃え盛るような胃の奥を押さえ込んで、メグルの両手を強く握りしめた。
できればこの先、ずっと一緒にいられたらいい。俺の未来の隣には、メグルが居てほしい。それが、叶わないのだとしたら、それでも、今だけでも、隣にいてほしい。
きっと、今までの俺も同じ思いだった。嫉妬心はいつのまにか、雪のように溶けて消えている。あんなに、積もっていたのに。あっさりと、メグルの言葉で消えた。そんなこと、もうどうでもいいの方が正しい。俺は、メグルだけを目に映して、今だけは、メグルと同じ時間を過ごす。
「暗くなっちゃったね」
話が、なのか。空が、なのかはわからない。それでも、窓の外に目を映せば、ぼんやりと暗闇が近づいてくる気配がしていた。
「夜ご飯食べて帰る?」
「大丈夫? お家の人に、怒られない?」
メグルの心配に「あー」と声が漏れ出る。母さんは、家でご飯をもう作ってるかもしれない。食べて帰ると今更連絡したら機嫌も悪くなるだろう。簡単に想像は付くけど……まだ、二人で居たかった。時間が限られてるからこそ、二人で居られる時間はそばにいたい。
「今日は帰ろう。今度は、きちんと約束して、お母さんたちにも伝えて、それで二人ですごそう?」
メグルの優しさに甘えて、頷く。メグルは安心したように息を吐き出してから、唇をにぃっと動かす。俺も真似してにぃっと唇を緩めてみた。二人して見つめあって笑い合うから。普通の恋人同士みたいだ。