猫カフェは、狸小路のすぐ近くのビルの中にあった。エレベーターを登って出た先は、普通のビルの一室で、看板が出ていなければ入ることをためらってしまう。
それでも、近づけばガラス戸から中の様子が伺える。木を基調としたシンプルな作り。それに、キャットタワーやクッションが置かれていて寛げそうだった。
料金システムの説明を聞きながら、メグルの反応を確かめる。わくわくと、猫の方を見つめて目を輝かせていた。ここを選んだのは、どうやら正解らしい。
「とりあえず、三時間、にしよっか」
「おう」
ドリンクバー付きなので、飲み物も飲めるらしい。ドリンクバーの部屋はガラスで遮られてはいるが、目の前をとたとたと走る猫を見ていられる。本当に猫がいるカフェという感じだ。
アルコール消毒をしてから、猫のいる部屋に入れば、走って逃げる子。近寄ってくる子。様々だ。端っこの方にメグルと並んで座り込めば、一匹がひざに乗ろうと近寄ってきた。
メグルの方に行くかと思えば、隣り合う俺とメグルのひざにまたがって寝転がる。落としてしまったら可哀想で、メグルに近づけば、太ももが触れ合ってしまった。
「かわいいねえ、人懐っこいし」
メグルはそんなことも気にせず、よしよしとふわふわの毛を撫でている。猫も気持ちよさそうにゴロゴロと喉を鳴らし、小さな手をふみふみと太ももに押し付けてきた。
「可愛い、な」
「猫と触れ合ったこと、あんまりないでしょ!」
「なっ、それは、まぁ」
はっきりと言われれば、嘘はつけない。きっと今までの俺だって、馬鹿正直に答えていただろう。猫と触れ合ったことは、ほとんどない。いつだったか、抱き上げた猫に引っ掻かれて以来。正直、またあの爪でガリっとやられるのではと、不安が付きまとう。あの時は死を覚悟したレベルだ。
喉元を引っ掻かれたのだから。
それでも、俺のひざの上の猫は、か細く「にゃあ」と鳴くだけで、引っ掻く気配はない。メグルが俺の手を引っ張って、そっと猫に触れさせる。メグルの真似をしてそっと撫でれば、柔らかい毛の感触に、心が癒された。
「可愛いでしょ?」
猫を見つめてから、満面の笑みで俺を見つめる。だから、素直に頷く。そんな、キラキラと笑うメグルが一番、可愛い。もし、記憶に一瞬だけ残すことができるなら、メグルのその笑顔がいいと思うくらいには。
「うん、すごく」
メグルを見つめたまま、答えれば、メグルはふいっと目を逸らす。そして、本当に微かに聞こえる声で、ぶつぶつと呟いた。
「私じゃなくて猫の話だし、もう」
それでも満更でもなさそうな反応に、俺のことが本当に好きなんだなと実感して。また、自意識過剰になりそうになっていた。限りがあるとしても、俺はメグルのことを好きになって、メグルに好きになってもらえて、今、ありえないくらい幸せだ。
頭がおかしくなったと思うくらい、メグルのことばかり脳を埋め尽くしてる。だから、メグルもそうだったらいいのに、とか、あほみたいに願ってしまうんだ。
猫は撫でられ満足したのか、「ふみゃっ!」と鳴いて、俺らの手から逃げていく。自由すぎるところも、メグルみたいで可愛いと思った。メグルに似てるから、か、猫が可愛いからか、好きだなと素直に思える。
メグルは近くのおもちゃを手に取って、様子を窺っていた猫に近づいていく。そして、目線を合わせながら、少し遠くから、おもちゃをふらっふらっと動かした。猫の本能を刺激したのか、数匹近づいてきておもちゃに戯れ始めてる。
そんな姿を見ていれば、絵にしたくなった。スマホでこっそり撮影すれば、パシャっと言う音に猫もメグルもこちらを振り返る。その姿すら、そっくりで、つい肩を揺らして笑ってしまった。もう一度、シャッターを切りながら。