「こうなったのは、サトルと出会ったから、だから」
メグルの言葉に、ひゅっと喉の奥が鳴った。俺と、出会ったから? 聞き返そうとした瞬間、メグルの言葉が重なる。
「俺」
「早く食べちゃお! このあとどこ行こっか。本当は、駄菓子を持って、ピクニックのつもりだったけど」
俺の告白は、なかったことに。メグルは、目をゴシゴシとおしぼりで拭って、微笑む。作り笑顔だって、わかった。でも、引いたらいいのか、まだ、押したらいいのか俺には想像もつかない。どちらを選んでも、メグルを傷つけてしまう気がする。
この時間が、終わることなく続けばいいのに。メグルと恋人になって、幸せな日常を繰り返して……二人で過ごせればいいのに。
願った瞬間、目の奥から何かが溢れ出そうになる。直感で、そんな時間が来ないことを、心がわかってしまっていた。だって、メグルは、夏休みが終わる前には、俺の前から消えてしまう。それは、変わらない真実だ。
ずっと、そばにいたいのに。ずっと、好きでいられる自信があるのに。それでも、メグルは、きっと俺の前から消えていく。波が砂を攫っていくように。雲が風に押し流されるように。抗うことのできない、現実として。
ただ黙り込んで、レモンモンブランを口に押し込む。あれほど美味しかったはずなのに、今は、味がわからない。ただ、悲しい気持ちだけが胸の奥でざわついていた。
最後の一口を、アイスキャラメルラテで飲み干せば、メグルは待っていたのように立ち上がる。そして、手を伸ばして「行こう」と呟いた。
頷いて、俺も立ち上がる。メグルの手はやっぱり俺よりも一回り小さくて、折れてしまいそうなくらい細かった。消えないで欲しい。その言葉を口にしたら、メグルは、また泣いてしまうだろうか。
メグルはそもそも消えたくないとも、思っていないのかもしれない。じゃあ、どうして俺に会ってる? なんで俺に会いにきてる? 俺が原因で、これが始まったってどういうことだ?
店の外に出れば、相変わらず青い空は、雲を流し続ける、当たり前のことのように。ジリジリと太陽の熱に、願をかけた。夏が終わらなければいい。メグルが居なくなるなら、このまま一緒夏休みならいいのに。
俺も一緒に何度も繰り返して、二人だけでこの一ヶ月に閉じ込められてもいい。ハッとして顔を上げれば、前を歩いていたメグルの首が目に入った。
「そんなに俺のこと好き?」
問い掛ければ、メグルは「なにそれ」と小さく鼻で笑った。まさかな。俺との時間が続けばいいと思ったのが、きっかけだったらなんて。あまりにも、俺に都合の良すぎる考えだ。
首を振って、まっすぐ歩くメグルの後頭部を見つめる。
「でも、好きだよ。それくらい。何回繰り返しても、会いに来るくらいには……でも、もう終わっちゃうかも」
寂しそうな声に、胸が詰まる。俺が、知っていたから。覚えてはいないけど、メグルの繰り返しに気づいたから。終わる……?
変わらない自意識過剰に、額が熱くなる。地下鉄駅はあっという間に、たどり着いてしまった。このまま、手を離したら、メグルは帰ってしまう気がする。だから、手を離せない。
「なぁ、帰らないでよ」
「まだ、デートするんでしょ」
「メグルは、何が好き?」
今思えば、メグルとのデートは、俺のことばかり考えているものだった。甘いものが好きと言えない意気地なしな俺に、甘いものを食べさせためにカフェ。将来の夢を思い出させるために、オープンキャンパスや、美術館。メグルの好きなものを、俺は知らない。駄菓子はきっと好きだろうし。甘いものも嬉しそうに頬張るから好きだとは思う。でも、思い返してみてもそれくらいだ。
地下鉄の電光掲示板を見上げて、メグルは「次の地下鉄は、十分後だね」と答えた。俺の質問には、何も言わないのに。
「メグルがしたいことは?」
「ないよ、そんなの」
「嘘つき」
猫が好きなことも知ってた。動物が好き? 猫カフェ? 一人でぐるぐると考える。メグルが消えることが、変えられないのなら。せめて、幸せな楽しい記憶を残したい。俺のために尽くした記憶ではなく。
「メグルのやりたいこと、好きなことをしようよ」
「サトルがやりたいこと。好きなことがいいな」
強情っ張りなメグルを、引っ張って近寄る。目と目がぶつかって、火花が散りそうになった。相変わらず、目は潤んでる。
「わかった」
メグルの好きなことを探そう。勝手な印象でもいい。楽しそうな顔をしていたことに、近いことから手当たり次第でいい。メグルを連れ出して、思い出を作る。そして、俺はその度に忘れないように絵に残そう。前の俺がしたように、次の俺にせめて引き継げるように。
「大通りに猫カフェがあるんだけど」
「猫カフェ、行きたいの?」
少しだけ、きらりとした瞳に、大きく頷く。俺だって猫は嫌いではない。どちらかと言えば、犬派だったけど。だから、何回も、何回も頷く。
「行きたい」
「じゃあ、行こっか!」
メグルはいつもの顔に戻って、改札を通り抜ける。俺は、メグルから離れないように必死で走って追いかけた。まだ消えないで。この先、もう手を繋げなくなっても、今だけは、メグルの隣に居させて。
このまま、時間が止まればいいのに。メグルが、居なくなる世界なら、俺は……
地下鉄のホームに上がれば、窓から光が差し込む。札幌南北線は、何故だか地上にホームがある。数駅ほどだけど。いつも不思議に思っていた、地下鉄という名前のくせに。
「地下鉄って名前なのに、地上にあるの不思議じゃない?」
メグルの真意に触れてしまえば、きっとまた答えてもらえない。だから、適当な世間話を口にする。メグルは、小さくうーんっと悩んだ風に唸った。そして、「そういうことあるよ」とだけ呟く。
「地下鉄だけど、地下じゃないとか。本人だけど本人じゃないとか、色々あるんだよ、世の中」
不思議な言葉に、どこか引っかかる。本人だけど、本人じゃない。メグルに、関係あるんじゃないか。そう思ってしまうのは、思わせぶりな態度のせいか。先ほどからのメグルの静けさのせいかは、わからない。でも、絶対に今の言葉を忘れずにいよう。俺は、メグルが俺に会いにきてる理由も、メグルがループしてることも、全部、全部、知りたい。そして、メグルが本当に満足して笑えるような夏休みにしたいんだ。今回こそは。