「付き合ってくれないの」
「その言い方は、なんかずるい」
「今回の俺は好きじゃない?」

 問い掛ければ、メグルは両手で顔を覆ってモゴモゴと口を動かしている。何かを言ってるようだけど、声は耳には届かなかった。ダメ押し気味に、深く息を吸い込んで、言いづらい言葉を口にする。

「俺はメグルのことが好きだよ」
「直球は、ずるい、よ、っていうか、初めて言われたかも」

 今度は俺が動いたせいで、テーブルに膝をぶつけた。痛みもそのまま、メグルの両手を掴む。
 
「好きって言わなかったの? 今までの俺!」

 だって、滲み出る思いが、全部から、メグルへの思いが溢れてた。それなのに、今までの俺は、何をしてたんだ。

「私が振り回すばっかりで、好かれてるのかなぁ、わかんないなぁって、感じ、でした」

 メグルは両手を膝に置いて、モンブランを見つめたまま、か細い声で答えてくれる。そんな姿に、今すぐこのテーブルを退けて、抱きしめたくなった。好きだよ、めちゃくちゃ好き。どうにかなりそうなくらい好き。多分それは、今までの俺も一緒。

 この距離が、もどかしい。メグルの赤く染まった頬も、潤んだ瞳も、全部、全部、残せたら、どんなに幸せなんだろうか。これすら、俺は、忘れてしまうんだろうか。

 未来への想像に、ぐわりっと頭が揺れる。好きだよ、すげー好き。ずっと、隣にいて欲しい。ずっと、隣にいたい。幸せに笑ってて欲しい。思いは溢れるのに、うまい言葉は何も言えそうにない。

「メグルのことが好きです」

 絞り出した言葉は、ありがちな言葉の繰り返し。それでも、メグルは目を細めて、ぽろりっと一粒の涙をこぼした。答えはせずに、そのままケーキを頬張る。一口、一口、口に放り込んでは、カフェラテを飲み込んだ。

 皿の上のケーキが無くなって、チョコレートのしみだけになった頃。メグルは、ふうっと一息ついてから、俺を見つめた。俺は、チョコレートモンブランを食べるメグルをずっと見つめていて、目の前にケーキはほぼほぼ形をとどめたまま残っている。

「私も、サトルのことが好きです。だから、ずっと、会いに来てました」
「じゃあ、付き合ってくれますか」

 あんなにタメ口で散々言葉を交わしたくせに、つられて敬語になってしまう。右手をテーブルの上に差し出せば、メグルは固まった。今の流れは、恋人になるような、流れだったはずなのに。

「サトルは、自分だけ覚えているのと、相手だけ覚えているの、どちらがしんどいと思う?」

 その問いかけは、今ならわかる。メグルの置かれた状況だろう。メグルだけが、俺を知ってる状態で今を何度も繰り返してる。だから、覚えられていないことが辛かったんだろう。

 下書きに書かれていた、どちらも辛いという言葉が脳裏に浮かんだけど。今の俺が答えられるのは、前者だけだった。

「自分だけが覚えてる方かな」
「私は……自分だけ覚えていればいいと思ってた。一人で幸せな記憶を抱えて、思い出して欲しいってアプローチすればいいやって。相手が一人で覚えてて寂しさを抱えるよりも、その方が正解に近いと思ってたの」

 ぽつり、ぽつり、とこぼす言葉に、ただ、「うん」と小さく答える。メグルの経験を俺は、想像でしかわからない。

「私と、サトルの時間は有限なの」
「そんなの誰でも同じだろ」
「でも、みんなは、もしかしたら数十年かもしれないし、数年あるかもしれない。私たちには、この一ヶ月……もうあと数週間しか残ってない。限りがもう見えてるの」

 それは、今回は違うかもしれない。そう言いかけて、何百回と繰り返してきたメグルには、伝えられそうになかった。だって、数十年の友だちと言っていた。一ヶ月を何回繰り返せば、数十年になる? 単純に計算するのすら、煩わしくなる繰り返しだ。

 それでも、それでも……

「メグルはどうして、俺に会いにくるの」

 自分の時間を過ごせばいい。俺に出会うという運命を変えれば、きっと結末は変わる。俺の簡単な想像だけど。