店内に入れば、ずらりと並べられたショーケース。可愛らしいケーキがたくさんあった。そして、顔に吹き付ける冷たい空気に、額の汗が少しマシになる。
「ここならやっぱり、チョコ系だよね」
「そうなの?」
「有名なのに、知らないの!」
甘いものなんて、中学生以来食べていないし。ケーキというものも、ほとんど口にしてこなかった。誕生日やお祝い事の時に、両親が兄に買ってくるくらいだ。
兄へのコンプレックスに、一瞬体が固まる。親からの贔屓を見ていたから、俺は、兄にならなくちゃと思い込んでいたんだなぁと、今さら思う。兄の腕を壊してしまった罪悪感もあったけれど。
今では、兄はそんなことを気にしなくていいと言ってくれるし、本当に違う夢を追ってる背中に、安堵しているが。
「サトルはどれにする?」
「レモンモンブランかな」
「あー、気になってた! 一口ちょーだい!」
「元からそのつもり」
当たり前のように分け合いっこをして、当たり前のように一口交換をする。そんなやりとりに、胸の奥が熱くなった。友だちというより、本当の恋人みたいじゃないか、まるで。
メグルは、誰に対してもそうなのかもしれないけど。想像だけで、焼き尽くすような嫉妬が身体を覆っていく。熱くなった身体を、冷風が冷やしてくれたはずなのに。
「飲み物はどうする?」
メグルの言葉に、ショーケース上のドリンク表に目を向ける。コーヒーや紅茶の下の方に、オレンジジュースや炭酸飲料があった。さすが有名店。幅広い品揃えだ。
「メグルはカフェオレ?」
「よくわかったね!」
「俺も心を読めるんだ」
ふふんっと鼻を鳴らせば、メグルに背中をとんっと叩かれた。そして、メグルは恥ずかしそうに顔を背ける。心が読めると言ったこと、意外に、恥じていたのかもしれない。
初めて見た表情に、優越感が湧いてくる。今までの俺は、見れてないだろ。こんなメグルの顔。
「で、どうするの?」
「俺は、アイスキャラメルラテ」
「あっ」
ハッとして、メグルは視線を泳がせた。店は違うけど、飲んでみるって約束をしてたみたいだから。悔しいけど。
「それは、覚えてるの?」
「覚えてるというより、知ってる、が正しいかも」
下書きの俺の悔しさが滲んだ文字から、知った。最初はあれが真実だとは思っていなかったけど。
「そっか」
注文をすれば、階段を登った先のテーブルを案内される。木でできたテーブルとイス。そこから、一階の店内を見下ろせた。
二人で向かい合って座れば、メグルは頬杖をつく。そして、じいっと俺を見つめた。
「何で知ったの?」
下書きを見せるかどうか、一瞬悩んで、猫と戯れるメグルのイラストだけスマホで表示する。悔しさが滲んでいた、忘れるなという言葉は、どうしてだか見せたくなかった。
「猫、ってか、絵うっま!」
メグルは俺のスマホを眺めてから、ぱちぱちと小さく拍手をした。そして、スマホを取り出して、俺に見せつける。
「送って欲しい」
「絶対に嫌だ」
だって、これは俺が描いたものではない。俺だけど、俺じゃない。それを渡すのは、少し歯がゆかった。
「どうして」
こんな嫉妬心で、言ってるとは気づかれたくない。それでも、俺じゃない俺の絵をメグルに渡すのは、嫌だ。どうせなら、俺の描いた絵を……そこまで考えてから、メグルの目を見て提案する。
「俺が描くから、それは、どう?」
不安になりながら問い掛ければ、メグルは微笑んでうんうんと頷いた。こんな絵が描けるかはわからない。でも、確かに、俺の絵だと思う。だから、俺にも描けるはずだ。
「いいよ、描いてくれるなら」
「わかった。待ってて、絶対送るから」
「うん」
ちょうど目の前にアイスキャラメルラテと、レモンモンブランが届く。メグルの前には、アイスカフェオレとチョコモンブラン。当たり前のように一口掬って、メグルの口の前に差し出す。
「慣れてきたよねぇ、いつもは、嫌がってさ、間接キスだの、回し食べ嫌じゃないのとか言うんだよ。今更だよって答えると不思議な顔をするの」
言い切ったメグルがぱくりっとモンブランを頬張って、んーっと唸りながら頬を押さえた。そりゃ、今までの俺は、俺じゃない繰り返し前の俺のことを知らないんだから当たり前だろ。そう思った瞬間に、間接キスという事実に、カァアッと内臓が熱くなっていく。
「そもそも、付き合ってるのにねぇ私たち、って、うそ、ごめん、今回は付き合ってない!」
メグルはガタッと音を立てて、テーブルに膝をぶつけた。あまりの慌てように、つい喉が揺れる。