いくら涼しめの北海道の夏とはいえ、外に長時間いると熱中症になりそうだ。考えすぎて、知恵熱が出そうなせいもあるが。

 解け切った飴の棒を口から取り出して、ティッシュで包む。そして、ビニール袋に放り込んでから、メグルは立ち上がった。

「涼しいとこ行こっか」
「カフェ、とか?」
「今日は美術館の予定だったけど、もう必要なさそうだし」

 いつもの俺は、美術館に訪れて、絵を思い出していたのか。メグルの言葉から推察すれば、正解らしい。メグルは俺の手を引いて、無理矢理立たせる。だから、俺も、溶け切った飴の棒をティッシュに包んでポケットに突っ込んだ。

「どういうとこがいいかなぁー。今まで行ったことないとこでも、いいよね。まぁ、サトルは知らないだろうけど」
「教えてよ、今までの俺がメグルとどこに行って、どんなことしたか」
「なぞりたいってこと?」

 メグルの言葉に、首を横に振る。違う。なぞりたくない。今までの俺を、なぞりたくない。だから、知りたいんだ。今までの、俺とメグルの時間を。

 そして、ここからは、今の俺だけの時間にしたい。そんな独占欲に、馬鹿みたいに笑い出したくなった。メグルと俺は、ただの友だちなのに。他の俺に嫉妬して、そんなことを考えるだなんて。

「わかった。じゃあ、今まで行ったことないところ探そう」

 スマホを開いて、駅名とカフェで検索する。札幌の有名なケーキ屋さんが、駅の近くに本店を構えているらしい。

「ここは?」

 メグルにスマホの画面を見せれば、大きく頷く。小さな、おもちゃの家みたいな可愛らしい店構えだ。それに、駅前なら歩いてもそれほど遠くない。

 早く、涼しいところへ行きたかった。夏の太陽と、メグルへの自覚した気持ちのせいで、熱が上がっていく。ぼたりぽたりと落ちていく汗は気にしないふりをして、メグルと手を繋ぐ。

 俺より一回り小さい、手。この手を掴んでいられるなら、なんだって出来る気がした。兄のように、誰かを守れる人に、本当の意味でなれたら。

 メグルとの未来が存在したら。

 そしたら、幸せすぎて、人前でもみっともなく、泣いてしまうかもしれない。

 来た道を戻りながら、メグルの横顔を眺める。先ほどから無言になったまま、遠くを見つめてる目は、いつもより暗い。本当は、俺に気づかれたくなかったんだろうか。

 でも、メグルは確かに、あの時、忘れないでって。覚えてて欲しいって言っていた。その言葉は、いつ聞いたんだ。俺は聞いていない。

 微かな、俺じゃない俺の記憶に、喉の奥が締め付けられた。俺は何回、失って、何回、繰り返したんだ? そして、メグルは、どれだけ覚えてる? 全て?

 一人で背負い込んで、また別れる予定の、俺に出会いなおしてる?

 想像してみて、気の遠くなる時間と悲しみが、胸の奥から迫り上がってくる。どうしたら、メグルを笑わせられる? 幸せに出来る? 一緒に居られる?

 答えは、誰も答えてくれない。知っていたのに、涙がこぼれ落ちそうになった。アスファルトに染み込んだ、黒いシミは、俺の汗だ。そう言い聞かせて、溢れてきたものを飲み込む。

 小さな黒っぽい建物が目に入って、メグルは小走りで近づいていった。

「ここだって!」

 入り口には、本日のおすすめが書かれたブラックボードが置かれている。誕生日おめでとういう文字と共に、今日誕生日を迎えた子どもたちの名前が記されていた。

 本日のおすすめは、レモンモンブラン。レモン……メグルと居るとよく、レモンばかり食べてる気がする。まぁ、そもそも、好みなんだろうけど。今までは、実感してこなかった。

「入ろ?」
「おう」