ぐるぐると建物の中を回ったかと思えば、メグルは古めかしいパフェの食品サンプルを置いてるカフェを指さす。
カフェというよりも、喫茶店という表現が正しそうな店構えだ。
「ここ! どう?」
「良いと思う」
「おいしそうでしょ!」
ちょっとノスタルジーな雰囲気で、昭和レトロという言葉が似合いそうだ。メグルはよだれが垂れそうな顔をして、俺に微笑む。色褪せた食品サンプルのパフェは、おいしそうとは思えなかった。
二人で店内に入れば、キンキンに冷えた冷房が身体に当たる。店員さんに人数を聞かれたメグルが、奥の席をお願いしていた。どうやら、このお店の常連らしい。
店内は外からの見た目よりも狭く、六人がけの席が数個とカウンターだけだった。それでも、新聞を広げるおじさんやスマホの上で必死に指を動かすお姉さん。様々な人たちが、それぞれの時間を過ごしていた。
メグルの告げた席は、ずいぶん奥まっていて入り口からは見えないところにある。後ろついていけば、二人掛けのテーブルがあったことに、やっと気づいた。
グレーのソファに座って、窓の外を見つめる。楽しそうに歩く高校生、親に何かを見せつける子供などが通り過ぎて行く。
「おすすめはね」
メニューを差し出したメグルとのあまりの近さに恥ずかしさを覚える。だから、メニューを受け取って、顔を隠して誤魔化す。
「サトルは、チョコレートパフェが好きそう」
好きかと、聞かれれば嫌いではない。でも、あまり食べない気がする。兄は甘いものが好きではなかったし、どちらかといえばスナックの方が好きだったから。
それくらい、俺の好きにしていいと兄はいつも言ってくれたけど。俺は、兄と違うものを食べることすら、罪の意識を芽生えさせてくるから。選ぶことをやめた。
「私は、ホットケーキにしよ! サトルは?」
「チョコレートパフェ」
兄だったらきっとナポリタンとかを頼んだ。わかっていた。それなのに、口は勝手にメグルのおすすめを選ぶ。
俺の注文に満足そうに頷いて、メグルはベルを手に取った。ちりんちりんと軽い音を鳴らしてから、俺にベルを手渡そうとする。
「鳴らす?」
「いや、いい」
「そっかぁ」
拒否すれば、そっと机の上に下ろした。押し鈴ではなく、本物のベル。物珍しさにジロジロと見つめていたからか、鳴らしたいと勘違いされたのかもしれない。
注文を取りに来た店員さんにメグルが、二人分のメニューを頼んでくれる。俺は片耳で聞きながら、窓の外を忙しなく歩き回る人たちを見つめていた。
「サトル?」
メグルに呼びかけられて、視線を戻す。真っ黒な丸い瞳と、目があった。どくんっと血が全身を、巡って行く。長い髪の毛を、耳に掛ける仕草に、鼻が熱くなった。
どうかしてしまったみたいに、自分が自分じゃなくなるみたいな感覚に、息が詰まる。
「サトルは、あの猫ちゃん助けようとしてたよね」
体が動かなかったのに。メグルはまるで、心の中を覗き込んだかのような言葉を口にした。あの時の俺は石像のように固まっていたから、普通の人だったら、きっと気づいてくれていないはずだ。
それなのに、メグルは分かってるように口にした。
「サトルがあの猫ちゃんを見て、冷や汗かいてるから私も気づいたんだよねぇ」
「そうだったの?」
「そうそう。だから、サトルが助けたようなもんだよ」
さすがにそれが違うということは、わかる。否定しようとした瞬間、チョコレートパフェが届く。真っ赤なチェリーの乗った生クリームたっぷりのパフェ。昔ながらの素朴な感じに、祖母の家を思い出した。
夏休みに訪れるたびに、俺に作ってくれていた。兄には、ナポリタン。そんな小さい頃から、兄は甘いのが好きじゃなかったなぁ。
「ほらほら、溶けないうちに」
スプーンを手渡されて、一口、運ぶ。とろけるような甘さが脳天を突き刺す。久しぶりの甘味は、やっぱり、罪の味がした。
ひんやりとしたソフトクリームが、舌の上で溶けて行く。メグルは、俺が食べ始めたのを見て、ホットケーキにナイフを入れた。
「こういうふかふかってわけじゃないけど、まぁるいホットケーキ好きなんだよね」
「おいしいよな」
母さんが昔作ってくれた、小さいホットケーキを思い出す。兄も、甘いものは苦手なくせに、ホットケーキだけは好きだった。わからない。好きじゃないけど、一緒に食べてた、だけかもしれない。はちみつは俺だけがたっぷり掛けていた。
メグルのホットケーキの上から、するんとバターが滑り落ちて行く。
そんなことを気にも止めずに、ナイフで一口サイズに切り分けたかと思えば、ずいっと差し出した。
「はい、あーん」
他人のフォークに口を付けるのは抵抗があって、一瞬ためらう。メグルは、固まった俺に不思議そうな顔をした。
「あ、つい、癖で」
そういう相手が居るんだなという感想を抱いて、ちくりと胸が痛んだ。どうして、痛んだのか。その答えを知りたくなくて、無視をする。