どこまで、意思が弱いんだ俺は。
俺に、存在価値を与えてくれるのは学歴だけなのに。
「はい、登録しておいたから。連絡ちゃんと見てよね? 無視はやだからね!」
「程度によるよ」
「出かけるのも付き合って! あ、ちゃんと大学受験に関わりそうなことにするから」
心が読めるはどうやら、本当らしい。学年だって言っていないし、言っていたところで、大学受験とはあまり結びつかないだろう。だって、俺はまだ高校二年生だ。お願いお願いと必死に手を擦り合わせる仕草に、頭は勝手に縦に動いていた。
「やったー! オープンキャンパスとか行こうね」
「どこの大学受けるの?」
「私は、大学にはいけないから……サトルの付き添い」
先ほどまでの元気な声とは打って変わって、小声になった。まるでそれを恥じているような。
「私のことはいいの! サトルの行きたいところ行こう?」
「考えとく」
「って言いつつ、優しいから来てくれるんだよ。だから、ちゃんと、流してあげる。付き合ってよね!」
流されてるふりをして、自分が少しだけワクワクしていたのを見抜かれたようで、おでこが熱くなった。まだ、底の方に残っていたレモンスカッシュを一息で飲み込んで、立ち上がる。
「そろそろ電車も来るだろうから、帰る」
「えー、もう?」
「カフェは付き合いました。ありがとうございました」
「はーい、じゃあまた会おうね、サトル」
柔らかい声で微笑む姿に、胸がきゅううっと締め付けられる。まるでもう届かない何かみたいな。この気持ちは、なんだ。すごく、居心地が悪い。
お会計を済ませて、店を出る。メグルは、店の前でバイバイと手を振った。もっと引き留められるかと思ったのに、と考えてしまう自分に、おかしくなりそうだ。
メグルから逃げるように手を振りかえしてから、駅まで走り出す。額から流れる汗も、はぁはぁっと上がっていく息も、ドキドキする胸も、気持ち悪い。
ホームにつけば、電車が来るちょうど一分前だった。並ぶ人の後ろに立って、スマホを開く。メグルからちょうどメッセージが届いていて、猫のスタンプが「よろしくにゃあ」と話している。
猫があまりにも似合いすぎていて、微笑んでしまいそうになった。
――自分が自分じゃなくなるみたいで、怖い。
ハッと思い出して、下書きを開こうとした瞬間。電車がホームに入ってくる。がたんがたんと音を奏でながら。
電車に乗り込んで、壁際をゲットしてから改めて下書きを開いた。メグルによく似た女の子の横に書かれている文字列を、目で追う。
――初めてカフェに行った。
――心の中を読めるらしい。
――札幌駅の展望室でアイスキャラメルマキアートを飲む約束をした。
ついさっきの自分の出来事に、膝から崩れ落ちそうになってしまった。まるで、本当に、今の俺を見てるような文字列だ。そこから続くのは、メグルとの日々の羅列。
オープンキャンパスに行った、だの、恋人ごっこをしてるだの。今の俺からは、信じられない言葉ばかり。
ふうっとため息を漏らしながら、下書きを閉じる。もう一つ下に、文字で埋め尽くされたもう一枚の画像を見つけた。試しに見ておくか。
そう思いながら開けば、運悪く、車体が揺れる。電車に振られながら、足を力強く踏ん張った。
キィキィ音を聞きながら、開いた画像には、一番大きな文字で「メグルは、夏休みが終わる一日前に消える」と書かれていた。人が消える……? そんなわけ。
他の小さな文字を見れば、胸の中がモヤモヤとして、泣きたくなってしまった。もう高校生なのに。人前なのに。
自分自身が書いたものであろう、必死に書かれたその文字は、あまりにも痛々しかった。何回も綴られてるその言葉を、口の中でつぶやく。
「メグルを忘れるな」
忘れるなという文字で、びっしりと画像は黒く埋め尽くされていた。ところどころ、忘れたくない。覚えていたい。会いたい。という思いに変わっているけど。
そこまで、これを書いた俺はメグルのことが好きだったのか。他人事に思えないのは、もう心が惹かれ始めているからだろうか。どうにかなってしまいそうだ。
画像を拡大すれば、一際小さい文字で、忘れても好きだよと書かれていた。その文字は、自分の字とは違くて、少しだけ丸い、淡い字だ。まさかな、と思う。まさかな、と思ってるくせに、メグルの字なんじゃないかと思ってしまった。
さすがに、出会ったばかりのメグルに影響されすぎてる。それでも、そんな確信が胸を乱す。電車はいつのまにか、俺の最寄駅へと到着するところだった。