「一口交換しよ!」
素早い手つきで、トーストを切り分けて、俺のケーキの皿に乗せる。ちゃんとアイスクリームも少し掬って。まぁ、いいか。ハニートーストもおいしそうだったし。
そう思いながらレアチーズケーキを、メグルのお皿に一口分に切って乗せる。メグルはきゃっきゃっと楽しそうに笑って、ハニートーストを頬張り始めた。こうやって見ると、普通の女子高生だ。急にカフェ行こうと誘ってきたり、初対面の相手に一口交換しようと言えるくらいの図々しさはあれど。
「おいしい。レアチーズケーキは、初めて食べたな」
「よく来るの?」
「うーん、何回目か、忘れちゃった。でも、すごい久しぶり」
「そうなんだ」
小さく相槌を打って、貰ったハニートーストから口に運ぶ。噛み締めた瞬間、じゅわりと蜂蜜が口の中に広がった。久しぶりの甘さに、脳みそがキーンとなりそうだ。それでも、アイスと相まってとても、おいしい。
「おいしいな」
「でしょ! 次は、ハニートーストにしてみなよ」
まるで、当たり前のことのように、次と口にする。次があるとは、約束してないんだけど。レアチーズケーキに移れば、ほんのりと香るチーズの味がおいしい。レモンスカッシュも到着したので、飲んでみれば、口の中でぱちぱちと酸味が弾けた。
「炭酸、ほんと好きだよね」
「まるで、よく知ってるみたいな言い方」
メグルは、ハニートーストを大きく口を開けて頬張る。そして、口の横についた蜂蜜をぺろりと、舌で取ってから俺の目を見つめて真剣な顔をした。
「かなりよく知ってるよ。それこそ、もう数十年くらいの友だち」
それが本当だったとしたら、俺が覚えてないのがおかしいだろ。ツッコみを入れる気力もなく、適当に頷きながら、レアチーズケーキに舌鼓を打つ。
「サトルが覚えてないだけ、だよ」
追い打ちをかけるように言葉にするから、まさか、漫画みたいなと思ってしまった。でも、確かに、俺のSNSの下書きには、目の前のメグルと同じ名前で、似た容姿の女の子のイラストがあった。
「まさか」
「信じてくれない?」
「信じる信じないっていうか」
「だって、どこかで会った気がしたんでしょ?」
先ほどの、ナンパのようなセリフをメグルに言われると、小っ恥ずかしい。あれは、勝手に口が動いた、だけで。
答えずにもぐもぐと口を動かしていれば、メグルは急にふっと笑う。そして、また、ハニートーストをパクパク食べ始めた。
「覚えてるとも、思ってないけどね」
微かな声が耳に届いて、ケーキに刺していたフォークが止まる。不思議な雰囲気に、呑まれそうになってた。それくらい、その声を発した一瞬メグルは、淡い色の目をしていた。
気づけばあっという間に、あれだけ分厚かったハニートーストを平らげて、ホットコーヒーをふぅふぅしながら飲んでいる。ちびちびと飲む姿が、子猫みたいで頬が緩んでしまう。じいっと見つめていたのを勘違いしたのか、メグルは、カップを差し出した。
「コーヒー、飲んでみる?」
「大丈夫」
「苦くて苦手だもんね」
出た、また言ってないこと。本当に心の中が読める? まさか、そんなことあるはずない。反応を見て、適当に合わせて言ってるんだ。ここで反応したら、思う壺。そう思うとムキになって、手を伸ばしてしまった。
「一口もらうよ」
「じゃあ、私もレモンスカッシュもらおーっと」
ひょいっと軽々と、俺のコップを奪ってストローで飲み始める。間接キスとか、気にしないタイプなんだろうか。もらうと言った手前、飲んでみなくちゃいけない。ためらいながらも、ホットコーヒーを一口飲み込む。
香ばしい香りと、苦味が口の中に広がっていく。ミルクと砂糖も入れていたはずなのに、俺の舌には、何も感じなかった。
「無理しなくていいのに」
俺の手からコーヒーカップを奪い取って、またちびちびと飲み始める。やっぱりまだコーヒーのおいしさは、分かりそうにない。兄だったらきっと、今、「おいしいね」とか答えてるだろうに。
まだまだ俺は、兄になれそうにない。
「お兄ちゃん、元気?」
「はい?」
「だから、大学生のお兄ちゃん」
本当に、俺のことを知ってるようだ。嘘だと思い込んでいたけど、信憑性を増していく。大学生というところまで当ててくるなんて。本当に、超能力少女?
目の前の女の子を見つめて、ぱちぱちと瞬きをしていれば、俺の前で手をフリフリと振った。
「戻っておいでー」
「いや、飛んでるとかそういうわけじゃなくて」
「で、元気なの?」
「多分」
それ以外答えようがなかった。一緒に住んでるのに、あまり顔を合わせない。正しくは、顔を合わせないように俺が必死に生活してる。兄にならなきゃ、と思うたびに、兄を見て劣等感に苛まれてしまう。償わなきゃという罪の意識が、チリチリと内臓から焼き尽くしていく。
「そっかぁ。あ、そういえば、連絡先交換してない! はい、スマホ出して」
右手を差し出されて、一瞬ためらう。俺はもう会う気なんて、ないのに。だって、今年の夏は、大学受験に大切な時期だ。先生も、言っていた。この時期の努力が志望校への合格度を高める、と。
母だって、兄と同じ大学に行ってほしいと期待している。だから、勉強に俺は打ち込まなきゃいけない。遊んでる暇なんて、持ち合わせていなかった。
「勉強一緒にするでも、いいの。連絡先教えてよ」
急にしおらしくなって、もじもじと恥ずかしそうにする。それが演技だってことくらい、わかった。それでも、素直にスマホを差し出したのは、この奇妙な縁に、心惹かれてしまっているから。連絡先を交換したとしても、会わなければいい。それなのに、また会えたらと、微かに考えている自分に嫌気がさす。