「ホームは危ないからダメだぞ」
「んにあゃー」
「電車好きの猫さんなのかもよ。この子よく見かけるし」

 メグルはちょいちょいっと頭を撫でてから、猫に小さくバイバイと手を振る。あまりにも様になる姿に、つい、魅入ってしまう。

「おすすめのカフェがあるんだけど……甘いものは好き?」

 兄が嫌いだから、しばらく食べていなかったな。そう思いながら、好きとも、嫌いとも答えることをためらってしまう。

「炭酸飲料があると嬉しいです」

 誤魔化すように絞り出した言葉に、満足したのかメグルは「あるよ〜! もちろん!」と大きく頷いた。初めての女の子とのカフェ。兄だったらスマートにエスコートでもするんだろうけど。やっぱり、まだまだ兄にはなりきれないらしい。

「あと敬語! やめてよね」
「はい」
「じゃなくて」
「うん……」

 押しの強さに負けて、つい頷いてしまう。また、メグルは一輪の花が咲き乱れるように、顔をパァッと輝かせて笑った。

 そして俺の手を引いて、ゆっくりと歩き出す。キョロキョロと周りを見ながら歩く姿は、先ほどの猫と似ているような気がした。

「ここ!」

 階段を降りて行った先で、メグルは立ち止まって指をさす。古めかしい、純喫茶という言葉が似合いそうな喫茶店だった。店前に出されてる看板も、由緒正しそうな感じがする。

 でも、俺一人だったら、絶対入っていなかったな。そう思いながら、小さく頷く。満足したようにメグルは、むふーっと唇を綻ばせて、俺の手を引いて入店した。

 外観からの想像通りの落ち着いた店内。革張りのようなイスが可愛らしくて、絵にしたら……と想像してから脳内で煙のように散らす。

「しょっぱいのもあるよ」

 メニューを見ながら、メグルは呟く。俺も覗き込むように顔を近づければ、頬が触れそうになってしまった。無意識だ、わざとじゃない。言い訳が出そうになるが、兄だったら気にもしないだろう。

 ふわりと甘い香りが、鼻の奥に柔らかく流れ込んでくる。初めて人と、こんな喫茶店に来た。友だちとも、出かけたことはないから、全て初めて尽くしで、胸がふわふわとしてしまう。

「私はハニートーストセットにしよっと、サトルは?」

 当たり前のように名前を呼ばれて、「へ?」と上擦った声が出る。こほんっとわざとらしく咳き込んでから、チーズケーキとレモンスカッシュを指さす。

「やっぱり、炭酸なんだ」
「やっぱり?」
「ううん、こっちの話!」

 不思議に思いながらも、店内をじっくり観察する。この時代に少し煙たいけど、いい雰囲気だ。落ち着けそう。

 イスに深く腰掛けて、メグルの方へ視線を戻せば、メグルは頬杖をついて俺を見つめていた。

「なに?」
「サトルは、炭酸が好きで、甘いものが好き。でも、いつもは遠慮して甘い物は食べられない。正解?」

 俺の心の中をまるで読んだかのように、言い当てる。どきりとしながら、小さく頷けば、答え合わせのようにメグルは笑いながら言葉を続けた。

「私、人の心が読めるんだぁ」

 まさか。誰にでも当てはまるようなことを言ってる……わけではないか。俺が甘い物好きじゃない可能性だってある。炭酸は、あると嬉しいって答えたから、当てられて当たり前だけど。

「ふふーん、疑ってるな?」
「普通すぐ信じる?」
「サトルなら信じるよ。純粋で、お人好しだから」

 自己評価と乖離した、今日出会ったばかりのメグルの評価に、喉の奥が詰まる。お水をごくごくと飲み干せば、コップに付いた水滴がつぅうっと落ちた。

「まぁそんなことは、よくて。友だちになろう? またこうやっていろんなところ食べに行ったりしたいなって、ダメ?」

 お願いと、両手を組んで俺を上目遣い気味に見上げる。友だちがいないから、距離感がわからない。それでも、イヤとは言いづらかった。

「でも」

 言いかけたところで、分厚いハニートーストと、真っ白なレアチーズケーキがテーブルに運ばれてくる。ハニートーストの上では、アイスがとろんっと溶け始めていた。メグルは目をキラキラとさせて、フォークを手に取る。