プラネタリウムの部屋から出れば、メグルは「お腹空いたー! 何食べよっか?」といつもの表情をする。メグルが食べたいものなら、なんだっていい。俺は、別に嫌いなものも、好きなものもないから。

「メグルは、何が食べたい?」
「んー、パスタの気分! あ、いいとこあるよ!」
「いいとこ?」
「お絵描きできるパスタ屋さん!」
「じゃあ、そこで」

 お絵描きができるパスタ屋さん……パスタで、絵を作るんだろうか? 不思議に思いながらも同意すれば、メグルはまたパタパタと走り出す。いつだって、走るのはくせなんだろうか。

 いつか聞いてみたら、どんな答えが返ってくる?

 青少年科学館の外に出れば、日差しがガンガンと照りつける。いくら北海道が涼しいとはいえ、夏はさすがに暑い。三十度を越える日も増えてきたし、直射日光は躊躇なく俺とメグルの繋いだ手の温度を上げていく。

 サンピアザの三階に上がれば、クレープ屋さんが目に入る。甘いものをデザートで、食べるのも良さそうだ。レストラン街の端まで小走りで行ったところで、メグルがぴたりと止まった。

「閉店しちゃったみたい」

 メグルの呟きに顔を上げれば、パスタ屋さんは見当たらない。和食や洋食屋さんはあるけど、パスタ専門店らしき店はない。最近閉店したというより、いつのまにか閉店してたんだろう。

 ガックリと肩を落として、お店を見上げるメグルに居ても立っても居られなくなってしまった。たった一つのパスタ屋さんがなくなってるだけで、そこまで悲しそうな顔をされると、胸が痛くなる。

「あ、地下! 地下にあるパスタ屋さんにしよ」

 代替え案を提案しながら、メグルの手を引いて走る。少しでも、ここから遠ざけたかった。楽しみにしてたんだろう。それくらい、メグルの落ち込み具合は酷かった。

 地下のパスタ屋さんは、ラッキーなことにあまり人も居らず、すんなり入れた。メニューを見ながら、目の前のメグルの様子を確認する。少しだけ機嫌は直ったようで、メニューの上でくるくると人差し指を動かしていた。

「決まったら教えて」
「ボンゴレビアンコ」
「決まってたのかよ」
「だって、おいしかったんだよ。今のサトルにも食べさせたかったなぁ」

 ボンゴレビアンコ。アサリのなんかおいしいやつ。くらいのイメージだ。パスタをそもそも食べること自体少ない。あるとしても、母さんが作ったナポリタンくらい。あれは、スパゲッティか。スパゲッティとパスタってそもそも何が違うんだ?

 ぼうっと考えながら、メニューを決める。メニュー数があまりにも多すぎて、目が回りそうだった。ナポリタンにしよう。いつも食べ慣れてるやつがいい。

 ナポリタンにする、と言いかけて、メグルの目の動きに気づく。ボンゴレビアンコとは、言っていたが、迷ってるらしい。もう一つは、たこのペペロンチーノだった。悪くない。うん、悪くないから、それにしよう。

「俺はたこのペペロンチーノにするから、一口交換しないか?」
「いいの? なんだかサトルも心が読めるみたいだね」

 そんだけ、わかりやすく目で追ってたらな。ふふっと笑ってから、店員さんに注文を済ませる。メグルはソワソワと厨房の方を眺めたり、メニュー表を開いたり閉じたりを繰り返していた。

 いつも以上に、落ち着きがない。俺の視線に気付いたのか、パタンとメニュー表を閉じて立てかける。そして、俺の目を見つめて問いかけてきた。

「サトルはさ。忘れられることと、自分が忘れること、どっちが辛いと思う?」
「さっきのプラネタリウム?」
「そうだけど、そうじゃない」

 忘れられること。もしくは、自分が忘れること、か。しんどいのは、忘れられることな気がする。でも、その相手が誰かによるだろう。

 大切な人に、忘れられるのもしんどい。でも、大切な人にそんな思いをさせるのも嫌だ。難しい問いかけに、ぐうっとお腹の音が鳴った。