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 ぱちんっという音がして、メグルの髪の毛をまとめていた髪ゴムが弾け飛んだ。ふわりっと舞う茶色の髪の毛が美しく、一瞬見惚れてしまう。動かないメグルに、床に落ちてしまった髪ゴムを拾ってあげた。そして、渡せば、なんとも言えない顔で「ありがとう」と答える。

「どうした?」
「ううん」

 青少年科学館にプラネタリウムを見に来たところまでは、良かった。プラネタリウムの上映時間まで、中を散策する。

 二人でふらふらと歩き回りながら、歪む鏡や食べ物になったり、楽しめる展示物ばかりだった。初めて来たから、俺は、はしゃいでいたけど。メグルは時々物憂げに顔をくぐもらせる。

 人差し指で、ちぎれてしまった髪ゴムを繋ぎ合わせてから、ポニーテールへと戻っていく。

「科学ってあんまり興味なかったけど面白いな」

 気まずい空気を誤魔化すように、言葉にすればメグルは「そう?」と猜疑的に答えた。

「自分で提案したくせに」

 ぽつり、とこぼせば、メグルはぷくぅっと膨れていく。

「だって、なんか、サトルが楽しそうだから」
「楽しそうなのが悪い?」

 メグルがせっかく連れ出してくれたから、楽しそうに振る舞っていたのに。そんなこと言われたら、どうすれば良かったんだよ。

 ぐっと飲み込んで、立ち止まったメグルを振り返れば、泣き出しそうな顔をしていた。

「どうして」
「科学じゃ説明できない現象に巻き込まれてる、って言ったらどうする?」
「たとえば?」

 一瞬、メグルは、怯んでごくんっと唾を飲み込んだ。そして、しわくちゃな笑顔を作って、小さく答える。
 
「たとえば、ってそれは、その、小説みたいなこと」
「メグルがこの世界の人間じゃない、とか」

 ふざけたつもりだった。ちょっと茶化したような。メグルの真剣さを、笑いに変えようとした、それだけだった。それなのに、メグルは小さくうめく。

「だったら、どうする? 考えたって何もできないし、どうしようもできないのにね」
「そんな、まさか」
「半分くらい正解だけど」

 半分くらい、って、この世界の人間だけど、この世界の人間じゃないって、まるでトンチみたいな話だ。俺をからかってるんだろうと、メグルの手を掴む。プラネタリウムを見たかったのに、時間が空いてしまったから拗ねてるのかもしれない。

 そんな人じゃないって、わかってるのに。誤魔化すように、メグルの手を引く。

「サトルくらいは、覚えてて欲しいよ」
「覚えて欲しいって、メグルみたいな子、忘れられるわけないだろ」
「そうだね、それもそうだ! 自分勝手で、サトルの邪魔ばっかしてる」

 今日のメグルは、やけに、ネガティブだ。どうしてかは、わからない。昨日の夜はあんなに楽しそうにしていたのに。

 腕時計をちらりと確認して、メグルは俺の手を引いて走り出す。攻守逆転だ。俺が、メグルを珍しく引っ張っていたのに。いつもみたいに、タッタッタと走って俺を急かす。

「もう時間だよ、早く見に行こう」
「はいはい」

 プラネタリウムが楽しみなことは、どうやら本当だったらしい。二人で一階に降りれば、プラネタリウムの部屋はもう開放されていた。当日券を渡して、二人で中の座席に座る。

 静かな音楽が流れる中で、二人きりになったみたいに錯覚するような暗さだ。それでも、ガヤガヤと話し声は小さく耳に響いていく。

「楽しみだね」
「プラネタリウムなんて、小学生以来だけど、今ってお話時たてなんだな」
「小さい頃もそうだったのかもよ?」
「全然、記憶にないけどな」

 時間になり、上映が始まる。二人で真上を見上げながら、星の解説に耳を澄ませた。お話は、小さい女の子が、自分の知ってる星を探しにいく内容だった。迷子の女の子は自分の記憶を探すために、おじいさんのアドバイスで夜空の旅に出る。

 子ども向けのような内容だと思ったけど、隣のメグルは真剣に星空を見つめている。瞳が、微かに光ってるように見えた。

 ハッとして俺も星空を見上げれば、いつのまにか女の子は記憶を取り戻し、友だちや家族と感動の再会をしていた。話が終われば、今の夜に見られる星の解説が始まる。

「今日帰ったら探してみよっか」

 メグルが俺の耳元で、囁く。今日は夜までコースなのか。全然知らなかったけど。肯定も否定もしないままで居れば、メグルは「冗談だよ、もう」と小さく笑った。

 先ほどまでの、瞳の潤みは気のせいだったことにしよう。気づかなかった。何も、気づかなかった。