水の音が、じゃああああと思考を邪魔していく。全然大丈夫じゃない。俺は、たった数回だけで、メグルのこと、好きになってる。ちょっと、不思議なとこも、常に走ってることも。誰かのために手を伸ばせるとこが、始まりだったけど。それ以外も、好き、だ。

 はぁっと深いため息を吐いてから、シャワーを出る。お風呂場から出れば、お好み焼きを焼く煙がダイニングから流れ出ていた。

 適当なジャージを、羽織って戻る。兄とメグルが楽しそうにホットプレートを眺めて、話していた。邪魔をしないようにそっと、自分の席に座れば二人から箸と食器を渡される。

「私がサトルの分、焼いたの!」
「ほら、食え」

 二人の視線に見つめられながら、一口大に切り分けて口に運ぶ。マヨネーズとソースの味がする。やけにしょっぱいのは、気のせいだ。

「おいしいです」
「よかったな、良い彼女で」
「お兄さんのも作りましょうか!」

 メグルは否定せずに、機嫌良く、ホットプレートの上のお好み焼きをひっくり返した。否定しろよ、勘違いされてんだぞ。

「彼女じゃないですって」
「あの時、恋人になったじゃん」

 それは、冗談で「間接キスしたから恋人です」と札幌の街並みを見下ろしながら、メグルが言っていただけで本気でもなんでもないだろ。

 お好み焼きが喉の奥に張り付いて、うまく息ができない。兄は、俺の背中をバシバシ叩いて、非難する。

「恥ずかしいからって、そんな否定することないだろ」
「俺なんかで良いわけないだろ。メグルは可愛いんだから」
「私可愛い? よかったぁ、サトル何も言ってくれないから、ずっと不安だったよ」

 本当にまるで、恋人みたいに、そんなことを言うから。先ほどの絶望が、喉の奥から迫り上がってくる。何がしたいんだよ、一体。

「私は、夏休みいっぱい、サトルと思い出作って、サトルの記憶に居たいんだよ」

 また心の中を読んだ。そして、その言葉はまるで本当みたいな響きをしていた。だから、「そうかよ」とぶっきらぼうに答えるしか、俺には出来そうにない。

 二人は、はふはふと出来上がったお好み焼きを食べながら、勝手な話を進めていく。

「明日は、夏期講習もないからデートでもしてきなよ。あ、泊まってく? 母さんたち帰ってくるの、明日のどうせ夕方だからバレないし」
「え、いいんですか! 泊まります!」

 俺が何を言っても、この二人は止まらないだろう。ごくごくと麦茶を飲み干しながら、二人の会話の行方を見届ける。

「サトルもこう見えても、嬉しいだろうし」
「あはは〜、私、サトルの心の中見えるんで、わかっちゃうんですよねぇ」

 メグルの言葉に、ハッとする。心の中が見えるから。俺の気持ちなんて、最初からバレバレだった。メグルに好意を抱き始めていたことも、兄に取られそうで不安だったことも。傷ついて、逃げるようにシャワーを浴びに行ったことも。

 急に恥ずかしくなってきて、もう、お好み焼きは食べれそうになかった。箸を置けば、兄もメグルも心配そうに、俺の顔を覗き込む。二人に心配されるような人間じゃないのに。

 卑屈ばかり、心から溢れ出て、全身真っ黒に染まってしまいそうだった。

「サトル、体調悪いのか?」
「大丈夫? 私のせい?」
「ちょっと、緊張しちゃった、だけです。部屋片付けてきます」

 逃げるように部屋を飛び出れば、くすくすと笑う兄の声がやけに耳にこびりついた。怒ってくれれば、まだ、気持ちは楽なのに。

 大事な時期に何をしてんだって。恋にうつつを抜かして、何やってんだって。メグルを追い出してくれれば良いのに。

 そしたら、こんなに気持ち悪い感情に惑わされなくて済む。兄の後を追いかける、兄みたいになると言う目標だけを、見据えられていたのに。

 兄みたいになれたら、メグルと釣り合えるだろうか。

 そんなことに、脳みそが占拠されて、俺は、どうかしてしまってる。こんなに、胸が痛い。気が狂ってしまったんだ。メグルと出会ったせいで。

 片付けると言って部屋に逃げ込んだは良いが、片付いている。やることもなく、今日の夏期講習のプリントを取り出す。間違えたところを解き始めれば、気持ちがすぅっと落ち着いていく。

 うん、俺がやるべきことはやっぱり勉強で。兄みたいに、なることだ。頭がしゃっきりしてきたところで、メグルの声に止められた。

「来ちゃって、ごめんね」
「メグルは、何がしたいんだよ」
「サトルが返事くれないから。やっぱり、会ってくれないんだと思って、会いに来た。私は、サトルと一緒に思い出を作りたいだけ」

 メグルの言葉は、耳に響いて、脳みその奥まで染み込んでいく。そんなことを言われたって、俺は、もう会わないって。メグルといると楽しくて、おかしくなってしまうから。