宣言通りメグルは、俺を必死に誘う文言を送ってくる。そして、ついには、最寄駅にまで現れた。夏期講習の帰り道、夕焼けに染まる空を遠く眺めながら電車から降りれば見覚えのあるポニーテール。
「あ、サトル! 待ってたよー!」
「知り合いか?」
運悪く、兄と同じ電車で帰ってきた日だった。そんな機会なんてないとか思ってた自分を、後悔しながらメグルの腕を引く。
「何してんの」
「サトルが無視するから! 私泣いちゃうって言ったよね」
「言ってたけど!」
押しの強いメグルに、つい、嬉しさが胸の中で舞い上がる。兄に肩を叩かれて、振り返ればメグルに挨拶をし始めた。
「サトルの兄の、ツカサです。サトルの友だち?」
「みたいなものです! メグルです、よろしくお願いします」
メグルは、礼儀正しくお辞儀をする。兄は、メグルのことが気に入ったようで、嬉しそうに話していた。俺はその横でヤキモキしてるとは、気付かずに。
「家に寄っていってもらえばいいだろ」
「いやいやいやいや」
「それに」
思わせぶりに答えてから、俺の肩に手をかける。そして耳元で小声で囁いた。
「彼女、なんだろ?」
「違います」
「照れんなって! やるじゃん」
肩肘で俺の背中をドンっと突いて、メグルを案内し始める。三人で改札を通り抜けて、当たり前のように家へと向かう。親になんて言うんだよ。他の学校の友だちで? 彼女だと思われたら、どんな顔をされるか。
遊んでいて、いいの? と母は口にするだろう。
絶望が頭の中を締め付けて、いつもの道なのにやけに暗く見える。それに、足も鉛がついたように重たい。はぁっとため息を吐きかけたところで兄の声が、耳に響く。
「今日はうちにいないんだ、両親」
「えっ」
「あれ、サトル聞いてなかった? 親戚の家に泊まりに行ってくるからって……」
兄は当たり前のように、答える。安堵のため息を次は漏らせば、メグルがドンっと背中にぶつかってきた。
「やったー! サトルのお家楽しみ」
「部屋はキレイか? 大丈夫か? サトル」
楽しそうな二人を見つめて、しょうがなく腹を括る。ここまで来たら、絶対家にまで来るだろう。部屋は、いつだってキレイに整理整頓してる。母に何を言われるか、わからないから。
兄はメグルをエスコートするように、自然と歩道側を歩く。時折、肘をさすりながら。その仕草に気づいたから、手を差し伸べる。
「持ちます、荷物」
「いいよ、これくらい」
「パソコンも入ってるんでしょ?」
「お兄さんの前だとサトル、そんな感じなんだ」
渋々とカバンを渡す兄から、ひったくるように奪って肩にかかる。ずっしりとのしかかる重さに、一瞬バランスを崩しかけた。兄のケガをした腕には、悪い重さだと思う。すぐに気づかなかった、自分を恥じながら空を見上げる。
薄紫色とオレンジ色が混ざっていて、まるで、兄とメグルのイメージカラーみたいだなと思った。俺は、きっと夜の空。二人は、明るくて、ちょっと変わってて、でも、きっと他人が見たらキレイとか、好まれるのは、二人の色だ。
「サトル?」
ぼんやりと見上げているうちに、家に着いてしまった。メグルは遠慮なく、兄の後について「お邪魔しまーす」と入っていく。
家に入れば、兄が手を洗ってお好み焼きの準備を始めた。荷物を置いて手伝おうとすれば、メグルが俺の前に立つ。
「私が手伝う!」
メグルの言葉に、真意がわかって、涙が出そうになる。やっぱり、兄に出会えば、兄を好きになってしまうだろうなと思っていた。それなら、それでいい。二人が望むならそれでいい。
「わかった。シャワーでも浴びてくる」
逃げるように風呂場に駆け込んで、頭から冷水を浴びる。なんで、傷ついてんだ。ただの友人。しかも、もう会わないって決めた友人。兄に恋したっていい。兄の恋人として会うことになったら、さすがに、しんどいかもしんないけど。
兄の幸せを喜べ。メグルなら絶対、兄を笑わせてくれる。幸せにしてくれる。大丈夫、大丈夫。