明日から夏休みだと言うのに、陰鬱な気分のままだった。いつまでもこの気持ちは、変わらない。ただ、言われた通りの人生を歩む。

――俺の人生に、誰か、価値をつけて欲しい。

 そんな願いは虚しく、誰にもラベルを貼られることなく、ただ時間を無駄に過ごしていた。

 肌を突き刺すような太陽と、生ぬるい風に吹かれながら電車を待つ。北海道の夏といえど、気温は三十度を超えてくる。

 終業式だったからか、珍しくホームには高校生しかいない。同じ制服を着た人たちばかりのホームは、少しだけ新鮮だった。

 電光掲示板が瞬いて、次の電車を知らせる。ベンチに座ったまま、ぼんやりとした頭で空を見上げた。いつもと変わらない青空に、嫌気がさす。

 こんな時、兄だったら、どうしていただろう。いつもそればかり考えてしまう自分の癖が、恨めしい。

 友だちに囲まれて、笑いながら電車を待ってるだろうか。本当は、俺もそうしなくちゃ、いけないのかもしれない。

 だって、兄の夢を俺を奪ったのだから。俺は、兄のための人生を生きなきゃいけない。兄が望む、青春を過ごさなくちゃいけない。

 兄のように、ならなくちゃ。

 そう思えば思うほど、喉は締め付けられて、かすかな酸素しか通らない。そんな俺に価値なんてないと、告げるように生ぬるい風がもう一度吹く。

「二番ホームに札幌行きの電車が参ります」

 アナウンスに、パッと立ち上がれば猫が視界の端を横切った。信じてはいないけど、縁起が悪いなと思ってしまう。そして、目で追えば、ホームの端にトタトタとおぼつかない足取りで進んでいく。

 電車が来る、と言うのに。このまま線路に落ちたら……?
 想像して、身体が勝手にぶるりと震えた。兄だったら、迷わず手を伸ばして助ける。じゃあ、俺は、助けなきゃいけない。そう思えば思うほど、心は焦るのに、身体は強張って動いてくれない。

 やばい、やばい。

 電車が近づいてくる、ゴオォオオという音だけがやけにハッキリ、耳に残る。変わらず、俺の身体は石みたいに動かない。

「もー、危ないにゃあ」

 ゴォオオオという電車の音の合間に、高い声が耳に聞こえた。身体が急に柔らかくなって、動き出す。危ないにゃあと言った女の子は、猫をひょいっと持ち上げて頭を撫でる。

 半袖のセーラ服を身にまとった、ポニーテールの少女。

「なんで、ホームなんかにいるの、君」

 周りのガヤガヤとした喧騒の中で、彼女の声だけがハッキリと耳に残っていく。俺の横を人が通り抜けるのに、目が、耳が、彼女から離れない。
 到着した電車は乗客を吐き出し、飲み込んで、出発していった。気づけば、彼女を見つめたまま、乗るはずだった電車を見送ってる。

 猫は抱き上げられたのが嫌だったのか、彼女の腕の中でモゾモゾと動いて抗議の鳴き声を上げた。

「ぶにゃあ」
「ぶにゃあ、なの、かわいいね」

 ついに我慢の限界に達したのか、猫は彼女の腕をペシッと蹴り上げて逃げ出す。不意に、彼女が体勢を崩した。先ほどまで固まっていたくせに、身体はすんなりと動く。

 気づけば、倒れ込みそうな彼女の背中を支えていた。