「じゃあね、バイバイ」
にこにこと天使の笑顔で手を振ったなるちゃんは、もう片方の小さな手を川又さんの奥さんと繋いでコンビニを後にした。マジ癒し。
店も暇な十七時台。川又さんに会いに奥さんとなるちゃんが顔を出すことがあるのだが、それが大変かわいいのである。
レジカウンターからふたりを見送り、今日の相方である瀬尾くんに、俺はひとりごと半分で話しかけた。
「かわいいなぁ、なるちゃん」
「ああ、まぁ。あのくらいの年だと子どもって感じでいいすよね」
「子どもって、子どもじゃん」
五才だよ、なるちゃん。一番好きな人は瀬尾くんで二番目に好きな人は俺って無邪気に本人に言っちゃうレベルの子どもだよ。ちなみに、瀬尾くんが入るまでは俺が一位だったんだけど。
よくわからないという声を出した俺に、レジの周囲を片付けながら瀬尾くんが言う。
これもちなみになんだけど、瀬尾くんは細々とよく働くのだ。
瀬尾くんと同じ日に入ること、三回目。おばさま受けの良さの秘訣は、顔面ではなくこれだったのかもしれない、と俺は思い直しつつあった。
俺とふたりでレジに立つことが嫌なんだろうと邪推したけど、たぶん、純粋にぼーっと突っ立っていることが苦手なんだろうなって。真面目だ。
「小学生以上は駄目。無理。女が出る」
「ええ……」
「陰湿に俺を取り合って喧嘩する」
「ええ」
想像のはるか彼方を行く答えに引いた声を出してしまったものの、ふと俺は気の毒になった。そうか。でも、苦労したんだろうな、瀬尾くん。顔面が良いせいで。
――好きでそんなふうに生まれたわけじゃないだろうになぁ。
ちらりと窺った瀬尾くんの横顔は、やはりきれいに整っている。なるちゃんの一位に躍り出ることもやむなしだ。
でも、いいことばかりではないんだろうな。思えば思うほど、俺の中のいまさらな罪悪感がふつふつと暴れ出す。俺、瀬尾くんにろくなことしてないなという、それである。
誓ってわざとではないにせよ、告白現場を覗き見したことは事実だし、家でいきなり怒鳴ったことも理不尽だったと思う。挙句の果てに、助けてもらったにもかかわらず、謎に切れ散らかしたときた。ヒスってると言われても、なにも文句言えねぇわ。
それに、日向に黙ってもらっていた恩もある。瀬尾くんは、恩とはべつに思っていないのかもしれないけど。
「あの、ちょっと話変わるんだけど」
「ん?」
「その、ごめん」
「なにが? 覗き?」
「いや、それもだけど。家来たとき、怒鳴って。……あと、このあいだも」
「ああ」
頷いた瀬尾くんは、一拍置いて苦笑をこぼした。小馬鹿にしたふうではない、しかたないという感じの微笑。間近で見たそれに、少しだけどきりとする。顔が良いってとんでもないな。
「なんかわかったからいいよ。男嫌いなんでしょ。ああいうのがいるから」
「男が嫌いってわけじゃないけど。その、俺も男だし。でも、おっさんはちょっと……苦手かも」
うっかりこぼれた本音に「あ」と身構えたものの、瀬尾くんは馬鹿にしなかった。「へぇ」となんでもない調子で相槌を打って、「じゃあ」と提案をする。
「ぜんぶとは言わないけど、代われるときは代わってもいいよ、おっさんの対応」
「え……」
「その代わり、先輩が、俺のこと好きそうな女子どうにかしてくれんなら」
にこりと瀬尾くんがほほえむ。きれいすぎて、――というか、ふつうに笑うんだ、こいつ、と思ったせいで、なんとも言えず似非臭い。
いや、なるちゃんに対しては笑っていたから、笑えるのだろうけど。少し考えて、俺は口を開いた。
「つまり、お互いさまってこと?」
「そ。付き合ってるふりも一緒。どうすっか」
日向の言っていた「彼女のふりしてくれる子いないかな」というやつに違いない。
――適当に女子に頼んだら解決する気もするんだけど、その女子に本気になられんのが嫌なんだろうな。
たぶんだけど、と。俺は推察した。その点、俺は男で「おっさん嫌なんだよ」と盛大に喚き散らしている。自分を好きになることはないと踏んだのだろう。でも。
瀬尾くんを好きになることはないと保証することはできたとして、それがそこまで瀬尾くんのメリットになるのだろうか。瀬尾くんを見上げ、俺は了承と疑問を示した。
「まぁ、いいけど。でも、なにしたらいいわけ、俺?」
「べつに。さっき言ったとおりで、しつこい女がいたときに、俺の彼氏だっていう顔してほしいだけ」
ぱちりと瞬いたのち、「それだけ?」と恐る恐る確認をする。瀬尾くんはあっさりと頷いた。
「うん。俺はあんたが絡まれてたら、彼氏だって顔するし」
「ええ……っつか、それ、瀬尾くん、ゲイだって思われない? それはいいの」
「べつに。好きでもなんでもない女にどう思われようと」
「メンタル強……」
むしろ、強すぎてこわ。俺がどれだけ日々ビビりながら生きてると思ってんの。いや、知らないだろうけど。あたりまえに。
というか、瀬尾くん。「ゲイと思われる」が、「女子に煩わされない」に勝っちゃうのか。なんか、大変そうだな、日々。
再び覚えた同情心に、俺ははたと我に返った。いや、同情とか。どう考えても、瀬尾くんはされるキャラではないだろう。
にこにこと天使の笑顔で手を振ったなるちゃんは、もう片方の小さな手を川又さんの奥さんと繋いでコンビニを後にした。マジ癒し。
店も暇な十七時台。川又さんに会いに奥さんとなるちゃんが顔を出すことがあるのだが、それが大変かわいいのである。
レジカウンターからふたりを見送り、今日の相方である瀬尾くんに、俺はひとりごと半分で話しかけた。
「かわいいなぁ、なるちゃん」
「ああ、まぁ。あのくらいの年だと子どもって感じでいいすよね」
「子どもって、子どもじゃん」
五才だよ、なるちゃん。一番好きな人は瀬尾くんで二番目に好きな人は俺って無邪気に本人に言っちゃうレベルの子どもだよ。ちなみに、瀬尾くんが入るまでは俺が一位だったんだけど。
よくわからないという声を出した俺に、レジの周囲を片付けながら瀬尾くんが言う。
これもちなみになんだけど、瀬尾くんは細々とよく働くのだ。
瀬尾くんと同じ日に入ること、三回目。おばさま受けの良さの秘訣は、顔面ではなくこれだったのかもしれない、と俺は思い直しつつあった。
俺とふたりでレジに立つことが嫌なんだろうと邪推したけど、たぶん、純粋にぼーっと突っ立っていることが苦手なんだろうなって。真面目だ。
「小学生以上は駄目。無理。女が出る」
「ええ……」
「陰湿に俺を取り合って喧嘩する」
「ええ」
想像のはるか彼方を行く答えに引いた声を出してしまったものの、ふと俺は気の毒になった。そうか。でも、苦労したんだろうな、瀬尾くん。顔面が良いせいで。
――好きでそんなふうに生まれたわけじゃないだろうになぁ。
ちらりと窺った瀬尾くんの横顔は、やはりきれいに整っている。なるちゃんの一位に躍り出ることもやむなしだ。
でも、いいことばかりではないんだろうな。思えば思うほど、俺の中のいまさらな罪悪感がふつふつと暴れ出す。俺、瀬尾くんにろくなことしてないなという、それである。
誓ってわざとではないにせよ、告白現場を覗き見したことは事実だし、家でいきなり怒鳴ったことも理不尽だったと思う。挙句の果てに、助けてもらったにもかかわらず、謎に切れ散らかしたときた。ヒスってると言われても、なにも文句言えねぇわ。
それに、日向に黙ってもらっていた恩もある。瀬尾くんは、恩とはべつに思っていないのかもしれないけど。
「あの、ちょっと話変わるんだけど」
「ん?」
「その、ごめん」
「なにが? 覗き?」
「いや、それもだけど。家来たとき、怒鳴って。……あと、このあいだも」
「ああ」
頷いた瀬尾くんは、一拍置いて苦笑をこぼした。小馬鹿にしたふうではない、しかたないという感じの微笑。間近で見たそれに、少しだけどきりとする。顔が良いってとんでもないな。
「なんかわかったからいいよ。男嫌いなんでしょ。ああいうのがいるから」
「男が嫌いってわけじゃないけど。その、俺も男だし。でも、おっさんはちょっと……苦手かも」
うっかりこぼれた本音に「あ」と身構えたものの、瀬尾くんは馬鹿にしなかった。「へぇ」となんでもない調子で相槌を打って、「じゃあ」と提案をする。
「ぜんぶとは言わないけど、代われるときは代わってもいいよ、おっさんの対応」
「え……」
「その代わり、先輩が、俺のこと好きそうな女子どうにかしてくれんなら」
にこりと瀬尾くんがほほえむ。きれいすぎて、――というか、ふつうに笑うんだ、こいつ、と思ったせいで、なんとも言えず似非臭い。
いや、なるちゃんに対しては笑っていたから、笑えるのだろうけど。少し考えて、俺は口を開いた。
「つまり、お互いさまってこと?」
「そ。付き合ってるふりも一緒。どうすっか」
日向の言っていた「彼女のふりしてくれる子いないかな」というやつに違いない。
――適当に女子に頼んだら解決する気もするんだけど、その女子に本気になられんのが嫌なんだろうな。
たぶんだけど、と。俺は推察した。その点、俺は男で「おっさん嫌なんだよ」と盛大に喚き散らしている。自分を好きになることはないと踏んだのだろう。でも。
瀬尾くんを好きになることはないと保証することはできたとして、それがそこまで瀬尾くんのメリットになるのだろうか。瀬尾くんを見上げ、俺は了承と疑問を示した。
「まぁ、いいけど。でも、なにしたらいいわけ、俺?」
「べつに。さっき言ったとおりで、しつこい女がいたときに、俺の彼氏だっていう顔してほしいだけ」
ぱちりと瞬いたのち、「それだけ?」と恐る恐る確認をする。瀬尾くんはあっさりと頷いた。
「うん。俺はあんたが絡まれてたら、彼氏だって顔するし」
「ええ……っつか、それ、瀬尾くん、ゲイだって思われない? それはいいの」
「べつに。好きでもなんでもない女にどう思われようと」
「メンタル強……」
むしろ、強すぎてこわ。俺がどれだけ日々ビビりながら生きてると思ってんの。いや、知らないだろうけど。あたりまえに。
というか、瀬尾くん。「ゲイと思われる」が、「女子に煩わされない」に勝っちゃうのか。なんか、大変そうだな、日々。
再び覚えた同情心に、俺ははたと我に返った。いや、同情とか。どう考えても、瀬尾くんはされるキャラではないだろう。