瀬尾の言うツリーのある広場は、駅の北側にある。
 駅の南側にあるコンビニから歩いても二十分もかからない場所だけど、この地区のリア充な学生が一番に集っていると評しても過言ではないクリスマススポットだ。

 なんで、そんなところにふたりで向かっているんだろうなぁ、と。瀬尾に責任を擦り付けることを考えながら、そっと見上げる。不機嫌そうというわけではないものの、なにを考えているのかはわからない静かな横顔だった。
 ばれないように正面に視線を戻し、なんでなんだろうなぁと俺は改めて思い返した。俺が断ることのできなかった理由は単純だし、数週間前。最初に「クリスマスデートしない?」と瀬尾が提案をした理由は女子除けだったと思うのだけど、今日、バイト終わりに誘ってくれた理由はなんだったのだろう。
 ……イブにひとりで家に帰んの、嫌だったのかな。
 でも、それだったら、茉莉花ちゃんとやらを誘えばよかったんじゃないのかな、と思う。万が一、茉莉花ちゃんに振られたあとだったとすると、本当にごめんだけど。
 悶々と考え続けていると、「なに?」と瀬尾が首を傾げた。
「あ、えっと……べつに」
「なんか、見てたから」
「ああ……、うん。そだね」
 見てたね、と呟く。誤魔化すように髪を触り、軽く視線を伏せたまま、俺は疑問のひとつを口にすることにした。保険をかけるみたいに、軽い言い方を選んで。
「いや、なんで誘ってくれたのかなーと思って。あ、嫌とかじゃないんだけど」
「だって、うれしそうにしてたじゃん」
「え……」
「俺の勘違いだったら、さすがに恥ずいんだけど。最初、誘ったとき」
 ぽそりと言い足された台詞に、思わず視線が上を向いた。寒さが原因の可能性も否定はできないものの、耳のふちが赤い。
 前にも一回見たことあるなぁ、と思い出した。文化祭の準備期間中のころの話だ。瀬尾に仲の良い女の子がいると知って、ひとりでうだうだと悩んで、ひさしぶりに会うことができたら、それだけでうれしくて。
 今思えば笑っちゃうくらい、瀬尾の言動で一喜一憂をしていたころ。
 ……いや、べつに、今もなにも笑えないし、変わってないんだけど。
 そう自嘲する。そうしてから、半ばやけくそに俺は認めた。心の中で、だけど。
 そうだよ。クリスマスデートに誘ってくれたとき、めちゃくちゃうれしかったよ。ばれないように誤魔化したつもりだったことが失敗していたことは、めちゃくちゃ恥ずかしいけど。でも、うれしかったよ。
 そういう意味で誘ってくれたわけじゃないから、と。何度も言い聞かせたけど、冷静になることはできなくて、浮かれて、それで。瀬尾がいたから、「恋愛っていいな」と思うことができるようになった。まぁ、同時に、キラキラとしているだけじゃないんだな、ということも知ったわけだけど。
 駅に近づくにつれにぎやかさの増す夜の中で、俺は恐る恐る切り出した。
「あの、さ」
「うん」
「その、……ごめん。このあいだ、瀬尾の話、ぜんぜん聞かなくて」
 瀬尾にとって「偽装彼氏」のメリットは、なにもないのだから。名前で呼び合うような関係の子に、さすがにゲイと思われたくはないだろうから。
 らしい理由はいくらでもある。でも、本当の理由は、自分が今以上に瀬尾を好きになることが怖かったからだ。「なに本気で好きになってんの」と引かれたくなかった。
 瀬尾はそんな態度を取るやつじゃないと知っていたはずなのに、自分の怖さを優先した。
「ああ」
 覚悟していたよりもずっとあっさりとした調子で、瀬尾は苦笑をこぼした。
「べつにいい……いや、よくはないけど。でも、なんか、先輩、そういうとこ、本当素直だよね」
「素直って」
「人が良いでもいいんだけど。自分が悪いって思ったら、すぐに謝ってくれるじゃん。だから、なんか……うん」
 ほんの少し自分に言い聞かせる雰囲気で笑い、だから、と瀬尾は繰り返した。
「なんか意地張ってんのも馬鹿らしくなるっていうか。あと、先輩、日向のこと馬鹿にできない程度には顔に気持ち出てるから」
「え、嘘」
「嘘じゃないよ、本当。少なくとも、俺はわかるよ。それだけ一緒にいたんだし、だから、今日、誘ったんだけど」
「……えっと」
「勝手に投げ出したくせに、寂しそうにするから」
 ずるいよねと言わんばかりのそれに、視線が地面にめり込む。なに、それ。めちゃくちゃ居た堪れないんですけど。
 ――いや、でも、それ。どう考えても人が良いの、おまえだろ。
 そうやって、簡単に折れようとしてくれるのだから。羞恥を堪え、そっと顔を上げる。
 ライトアップされた街路樹と、普段よりも格段に多い人の数。手を繋いだカップルもたくさんいて、なんだかみんな幸せそうで、いいなという感情が湧き起こった。
 夏に瀬尾が告白をされている場面を見たときよりも、なぜか、ずっと、切実に。