文化祭で、日向と羽純ちゃんがバカップル賞を取った。
 マジで意味はわからんが、体育館のステージでも歌って踊ったらしい。
 地味な俺がシフトと片付けと打ち上げをバックレたなどという些細なやらかしは完全に吹き飛び、文化祭明けの教室は「弟カップルヤバすぎない?」との話題で持ちきりとなった。その結果の、無罪放免。
 マジで意味はわからないけど、ありがとう、日向。ありがとう、羽純ちゃん。
 それで、瀬尾、やっぱりおまえの言うとおりだわ。誰も他人のことなんて、そんなに気にしないんだな。
 野井も、犀川も、なにも変わらずふつうに喋りかけてくる。なにも言っていないのだから当然と言えば当然の結果なんだけど。変わったのは俺の心の距離だけということだ。
 面と向かってはなにも言うことができないくせに、うじうじぐだぐだと考えてばかりいる。結局のところ、俺は人間が小さいんだろうな、と思う。


「あのさ、先輩、クリスマスデートしない?」
「へ?」
 コンビニのBGMがクリスマスに染まりかけたころ、唐突に頂戴したデートのお誘いに俺は目を瞬かせた。
 もう来週は十二月で、肉まんだけでなくおでんもよく売れるようになっていて。つまり、コンビニはすっかり冬仕様で、クリスマスも近いということなんだけど。
 なにも買わずに出ていった客とともに、冷たい風が入り込んでくる。誤魔化すようにシャツの袖を伸ばし、俺はそのまま問い返した。
「クリスマスデート?」
「うん。ちょっと人多いかもだけど、ツリー見に行かないかなって」
 駅前の、と伏し目がちに瀬尾が言う。俺がやったら気持ち悪い照れたオタクになるに決まっているのに、ふつうに絵になるからヤバいんだよな。
 どうでもいいことを考えてドキドキを逸らしつつ、身体の前で無意味に指を組み替える。なんでもないふうに響くよう意識して、「いいけど」と俺は頷いた。
 クリスマスに予定があったことはないし、暇だし、引きこもりだし。わざわざ「デート」という表現を選ばなくてもいいんじゃないかな、とは少し思ったけど。
 ……まぁ、でも、瀬尾、文化祭もデートって言ってたしなぁ。
 つまり、過剰に反応する必要はないということだ。それで、文化祭同様、女子からの誘いを断る建前だということ。
 勘違いしないように言い聞かせていると、さらなるお誘いがかかった。
「じゃあ、二十四、一緒に帰ろうよ」
「え」
「駄目だった? べつに夜に待ち合わせてもいいけど」
「あ、いや、っつか」
 きょとんとした顔から視線を外し、もぞもぞと組んだ指を動かす。
 いや、これ、制服デートとかそういう話じゃないから。学校での女子避けだから。再び自分に言い聞かせ、呟く調子で応じる。
「べつにいいけど、それで、……うん」
「なんか最近、先輩、俺に対してきょどってない?」
「……べつに、こんなもんだし」
「きょどってんのが? まぁ、いいけど」
 言い得て妙すぎて、返す言葉もない。手元を見つめたまま黙り込めば、ふっと笑う気配がした。
「あ、先輩みたいなこと言っちゃった」
 はは、とくすぐったそうに笑い、瀬尾が続ける。
「移るね、けっこうずっと一緒だと」
 いや、本当。なんで、きみ、しれっとそういうことを言うのかな。俺は無言でうめいた。マジでなんなの、そのたらし。
 なんというか、その顔でたらしだといつか死人が出ると思う。その証拠に、俺の心臓、今日もずっとヤバいんだけど。冗談じゃなくて。
 ヤバい俺の心臓と裏腹に、瀬尾は楽しそうに笑っている。曖昧に笑い返すことで、俺は悶々を呑み込んだ。瀬尾が悪いわけではないのだが、俺の心臓が駄目すぎる。
 ……べつに、ゲイじゃないと思うんだけどな、俺。
 そのはずが、文化祭のあたりからどうも本格的に駄目なのである。気がつかなかっただけで文化祭以前から駄目だったのではという可能性は、さておいておく。
「あ、瀬尾くんと遠坂くんだー」
 お母さんと一緒にかわいい声で入店したなるちゃんに、俺はぱっと笑顔を向けた。もこもこのマフラーの隙間から跳ねるぴょこんとした毛先が異常にかわいい。
 BGMが気になったのかちらりと天井を見上げたなるちゃんだったが、すぐに俺たちに視線を戻した。小さい顔いっぱいににこにこの笑みが浮かぶ。
「クリスマスだねー」
「ね、クリスマスだね。なるちゃんはサンタさんになに貰うの?」
「なるねー、キラキラメイクボックス」
「へぇ、メイク」
「小さい子向けのおもちゃなんだけどね。見つけたときに一目惚れしちゃったみたいなの。サンタさんにお願いするーって」
「だって、ママのコスメは使っちゃ駄目なんでしょ? だから、なるはサンタさんに貰うの」
 なるちゃんのお母さんの説明に、なるほど、と俺も笑って頷いた。
 そういえば、羽純ちゃんも好きだよなぁ、コスメ。出会ったころはあたりまえにメイクなんてしてなかったけど。数年前のことを思い出していると、「いいでしょ」となるちゃんが胸を張った。
「かわいく変身するんだよ」
「なるちゃんは十分かわいい思うけど……」
「もっとかわいくなるの! ね、瀬尾くん、なるがかわいくなったらデートする?」
「残念。もうクリスマスデートする相手いるんだ、俺」
「おい、ちょ、瀬尾」
 なんて大人げのないことを言うんだ、なるちゃんに。
 焦った俺の反応に、なるちゃんのお母さんは、なぜかほほえましい顔をした。あらあら青春ねぇと言わんばかりの笑顔。その調子のまま、なるちゃんの小さい頭をよしよしと撫でている。
「残念だったねぇ、なる」
「そうなんすよ。ついさっきなんですけどね、約束したの」
 おい、瀬尾。やめろ。
 じとりとした視線を送ったところで、瀬尾はしれっとした態度を崩さない。いや、本当、鉄の心臓だよ、きみは。呆れ半分で羨んでいると、なるちゃんが瀬尾に向かって首を傾げた。
「クリスマスデート?」
「そ。クリスマスに好きな人誘って出かけるの」
「好きな人」
 幼い声で繰り返したなるちゃんが、きらきらとした瞳になって手を叩く。
「いいねぇ、クリスマスにデート!」