チケット制ではあるものの、開催日が土曜日で、保護者や他校生も来場することのできるうちの高校の文化祭は、毎年それなりのにぎわいを見せている。
――だから、今年も多いだろうなって覚悟はしてたんだけど。
してたんだけど、多いんだよなぁ、と。繁盛中のBLカフェと化した教室を見渡す。お客さんのほとんどは、同年代の女の子だ。
たぶん、というか、絶対に、櫻井さん案件だと思うんだけど。「SNSでも宣伝がんばったよ~」と笑っていたし、フォロワー数がヤバいとの噂もあるので、まず間違いはないと踏んでいる。現に今も、他校の友達と楽しそうにお喋り中。べつにいいけど、仕事はよ。
少々うんざりとしながらも、隅の席を陣取る瀬尾に近づいて、俺はそっと声をかけた。
「あの、瀬尾さぁ」
「ん?」
「いまさらだけど、本当に俺と回るでよかったの? っつか、休憩まであともうちょっとかかるんだけど」
「うん」
俺のシフトは、今入っている朝一の回と、二時からの回だ。
瀬尾のシフトは二時からだと聞いていたし、「じゃ、どうしよかったな、それまで」と言っていたことも知っているけれど。うちの教室で客として時間をつぶすという選択は、ちょっと想定外だった。
……っていうか、俺、言ったじゃん。仲良い子ができたんだったら、シフトじゃなくてもクラスの手伝いして暇つぶしたらって。
先輩らしいことをアドバイスしたつもりだったんだけどなぁと思い返していると、瀬尾はあっさりと言い足した。
「先輩がいいの。楽だし」
「はぁ、楽」
「先輩も言ってたじゃん。話が合うと楽だって」
「ええ、……いや、まぁ、うん」
「なに、その返事」
楽しそうな瀬尾の笑顔を前に、「話が合うと楽って、好みのタイプの話じゃなかったっけ」との疑問を呑み込む。なけなしのお兄ちゃん心をくすぐられるせいなのか、年相応の瀬尾の顔に俺は大変弱いのだ。
なんというか、もう、べつに、ある程度、なんでも好きにしてという感じ。
「あ、そうだ。先輩、本ありがと」
「え? もう読んだの?」
「うん。けっこう読みやすくて楽しかった。次のバイトのとき返すね」
「あ、本当? じゃあ、良かったらほかのも……」
「一颯」
嬉々として話を膨らませようとした瞬間、不機嫌そうな声とともに野井の腕が肩に回った。ぎくりと振り返る。
「おまえ、まだシフト中だろ。王子以外の客も相手しろよ」
「あ、ごめん」
呼び方はあれなものの、まったくもって正当な注意だった。即座に謝って、瀬尾に視線を向け直す。
「瀬尾もごめんな? あと十五分くらいだから」
「いいっすけど」
「じゃあ、また、あとで。――ちょっと、野井。待って、待って」
やると言っているのに、問答無用で引っ張られてしまった。チェキリクエストで客が呼んでいるらしい。嫌だなぁと内心で溜息を吐いていると、櫻井さんが瀬尾に近寄っていくのが見えた。
ひとりになった後輩に対する親切心の可能性は否定しないものの、まぁ、構いたいだけだろうな、と判断する。だって、「かっこいいよね、瀬尾くん」って言ってたし。
「瀬尾くんも、こういうの好きなの?」
「こういうのって?」
「BL。最近、男の子も好きな子いるんでしょ?」
「あー……」
背中に届いた反応に悩む調子に、まぁ、そうだよなぁと同情をしていると、再び瀬尾の声が響いた。淡々とした、一歩間違ったらぶっきらぼうなそれ。
べつにいいんだけど、うちのクラスで櫻井さんにそんな態度を取る男子は皆無だと思う。
「べつに、好きでも嫌いでもないすけど。今日、先輩と回る約束してたんで」
「ねー、瀬尾くん、遠坂くんと仲良いよね。なんで?」
「なんでって、……バ先一緒だし、日向の兄ちゃんなんで」
「あ、そっか。遠坂くん、弟いるんだっけ。っていうか、いいな。一緒。バイトなにやってんの? え、コンビニ? 似合わなくない?」
遠坂くんは似合うけど、と続きそうな雰囲気に、聞き耳を立てていた俺は、はい、はい、という気分に陥った。
俺と瀬尾が仲が良いことが不思議なことはわかるけど、櫻井さん、けっこう態度あからさま。いや、それも、べつにいいんだけど。
……でも、よかった。瀬尾が面倒がって「彼氏」とか言わなくて。
ある程度なんでも好きにしてと言ったところで、限度というものはあるのだった。
心の底からほっとしつつ、「じゃあ、二番の人と六番の人でハートつくってください」というチェキの謎リクエストの消化にかかる。
これ、BLカフェというよりも、メイドカフェとかアイドルのサイン会みたいなノリなんじゃないのかな。
むくむくと沸き起こった疑問に蓋をして、俺は必死に愛想笑いをつくった。メイドカフェもアイドルのサイン会も行ったことないから、まぁ、知らないんだけど。
――だから、今年も多いだろうなって覚悟はしてたんだけど。
してたんだけど、多いんだよなぁ、と。繁盛中のBLカフェと化した教室を見渡す。お客さんのほとんどは、同年代の女の子だ。
たぶん、というか、絶対に、櫻井さん案件だと思うんだけど。「SNSでも宣伝がんばったよ~」と笑っていたし、フォロワー数がヤバいとの噂もあるので、まず間違いはないと踏んでいる。現に今も、他校の友達と楽しそうにお喋り中。べつにいいけど、仕事はよ。
少々うんざりとしながらも、隅の席を陣取る瀬尾に近づいて、俺はそっと声をかけた。
「あの、瀬尾さぁ」
「ん?」
「いまさらだけど、本当に俺と回るでよかったの? っつか、休憩まであともうちょっとかかるんだけど」
「うん」
俺のシフトは、今入っている朝一の回と、二時からの回だ。
瀬尾のシフトは二時からだと聞いていたし、「じゃ、どうしよかったな、それまで」と言っていたことも知っているけれど。うちの教室で客として時間をつぶすという選択は、ちょっと想定外だった。
……っていうか、俺、言ったじゃん。仲良い子ができたんだったら、シフトじゃなくてもクラスの手伝いして暇つぶしたらって。
先輩らしいことをアドバイスしたつもりだったんだけどなぁと思い返していると、瀬尾はあっさりと言い足した。
「先輩がいいの。楽だし」
「はぁ、楽」
「先輩も言ってたじゃん。話が合うと楽だって」
「ええ、……いや、まぁ、うん」
「なに、その返事」
楽しそうな瀬尾の笑顔を前に、「話が合うと楽って、好みのタイプの話じゃなかったっけ」との疑問を呑み込む。なけなしのお兄ちゃん心をくすぐられるせいなのか、年相応の瀬尾の顔に俺は大変弱いのだ。
なんというか、もう、べつに、ある程度、なんでも好きにしてという感じ。
「あ、そうだ。先輩、本ありがと」
「え? もう読んだの?」
「うん。けっこう読みやすくて楽しかった。次のバイトのとき返すね」
「あ、本当? じゃあ、良かったらほかのも……」
「一颯」
嬉々として話を膨らませようとした瞬間、不機嫌そうな声とともに野井の腕が肩に回った。ぎくりと振り返る。
「おまえ、まだシフト中だろ。王子以外の客も相手しろよ」
「あ、ごめん」
呼び方はあれなものの、まったくもって正当な注意だった。即座に謝って、瀬尾に視線を向け直す。
「瀬尾もごめんな? あと十五分くらいだから」
「いいっすけど」
「じゃあ、また、あとで。――ちょっと、野井。待って、待って」
やると言っているのに、問答無用で引っ張られてしまった。チェキリクエストで客が呼んでいるらしい。嫌だなぁと内心で溜息を吐いていると、櫻井さんが瀬尾に近寄っていくのが見えた。
ひとりになった後輩に対する親切心の可能性は否定しないものの、まぁ、構いたいだけだろうな、と判断する。だって、「かっこいいよね、瀬尾くん」って言ってたし。
「瀬尾くんも、こういうの好きなの?」
「こういうのって?」
「BL。最近、男の子も好きな子いるんでしょ?」
「あー……」
背中に届いた反応に悩む調子に、まぁ、そうだよなぁと同情をしていると、再び瀬尾の声が響いた。淡々とした、一歩間違ったらぶっきらぼうなそれ。
べつにいいんだけど、うちのクラスで櫻井さんにそんな態度を取る男子は皆無だと思う。
「べつに、好きでも嫌いでもないすけど。今日、先輩と回る約束してたんで」
「ねー、瀬尾くん、遠坂くんと仲良いよね。なんで?」
「なんでって、……バ先一緒だし、日向の兄ちゃんなんで」
「あ、そっか。遠坂くん、弟いるんだっけ。っていうか、いいな。一緒。バイトなにやってんの? え、コンビニ? 似合わなくない?」
遠坂くんは似合うけど、と続きそうな雰囲気に、聞き耳を立てていた俺は、はい、はい、という気分に陥った。
俺と瀬尾が仲が良いことが不思議なことはわかるけど、櫻井さん、けっこう態度あからさま。いや、それも、べつにいいんだけど。
……でも、よかった。瀬尾が面倒がって「彼氏」とか言わなくて。
ある程度なんでも好きにしてと言ったところで、限度というものはあるのだった。
心の底からほっとしつつ、「じゃあ、二番の人と六番の人でハートつくってください」というチェキの謎リクエストの消化にかかる。
これ、BLカフェというよりも、メイドカフェとかアイドルのサイン会みたいなノリなんじゃないのかな。
むくむくと沸き起こった疑問に蓋をして、俺は必死に愛想笑いをつくった。メイドカフェもアイドルのサイン会も行ったことないから、まぁ、知らないんだけど。