人のことをどうのこうのと言える顔じゃないとは言ったけど、俺は良くも悪くもふつうだと自認している。
 派手でもなく、女顔でもなく、当然、王子のようなきれいな顔でもない、どこにでもいるふつうの地味顔。野井や犀川はやたらと俺の肩に肘を置くけれど、そこまで小さいわけでもない。百七十はあるのだから、平均の範囲内だ。それに、まだ、伸びる予定だし。
 それなのに、なぜか、俺は、昔から、変なおっさんに好かれやすいという謎の特性を持っていた。
 おかげさまで、高校二年生になった今。痴漢が出るから満員電車は嫌という女子の気持ちがわかる程度には、男嫌いに育っている。
 県立の高尾西高を選んだ理由も、ちょうどいい偏差値だったことともうひとつ。自宅から自転車通学が可能な距離だったから、なのだから笑えない。
 いや、まぁ、俺自身その男ではあるんだけど。

「ただいま」
 ガレージに自転車を止め、玄関の鍵を開ける。駅前の本屋で物色をしていたら、結局少し遅くなってしまった。じわりと浮かんだ汗をぬぐい、框にリュックを下ろす。
 ――なんだ、友達連れて来てるのか。
 弟のスニーカーと並んで置いてあるでかいスニーカーに、二階に続く階段を見やる。声は聞こえないものの、たぶん、二階の自分の部屋にいるだろう。
 その判断で一階の居間の扉を開けた俺は、ぽかんと口を開いた。
「兄ちゃん、おかえり」
 ひとつ下の弟の声かけに、ぎこちなく頷いたものの、意識は完全にもうひとりに釘付けである。すらっとした長い手足に、びっくりするくらいのきれいな顔。いや、王子じゃん。
 ……でも、そっか。日向の友達だったんだ。
 弟の日向は、俺と同じ高校の一年生だ。同学年の王子と交流があってもおかしくはないのだろうが、タイミングがヤバすぎる。立ち尽くす俺を見て、「ああ」と日向が笑った。
「そんなに警戒しなくても。こいつふつうに女好きだから大丈夫だよ」
「誰がそんな心配したよ……」
 斜め上を行く日向の気遣いにぐったりと呟けば、視界の端で王子が首を傾げた。
「なに? 女好きだから大丈夫って」
「ああ、えっと。うちの兄ちゃ――」
「なんでもないから!」
 余計なことを暴露しようとする日向を勢いよく遮ったところで、俺ははたと我に返った。
「あ……、いや、その、まぁ、ごゆっくり」
 取ってつけたようなへらりと笑い、廊下に出る。なに叫んでんだ、俺。恥ずかしい。
 買った本でも読んで落ち着こうと思ったのに、ひそひとした王子の声が耳に入ってしまった。
「兄貴、ぜんぜん似てなくね?」
「そー。ごめん、なんかヒスってて」
 いや、ヒスってねぇし。反射で言い返したくなったものの、否定できないかもしれないと思い直す羽目になった。本当に、なんで叫んだんだ、俺。もう少し、ほかに言いようあっただろ。
 溜息を吐いて、足早に階段を上る。
 良く言えば能天気。悪く言えばデリカシーがない。だが、しかし。弟特有の「かわいがられる」才能にあふれた日向は、昔から友達が多いのだった。それで、なにをしなくてもクラスの中心になるタイプ。
 陽キャの皮を被っただけの俺とは、大違い。たしかに、まったく似てねぇよ。いや、それはべつにいいんだけど。
 バタンと自室の扉を閉めたところで、俺は呆然と「あ」と呟いた。リュック、玄関じゃん。
 自分のかっこ悪さに、はぁと深い溜息がこぼれる。
 高校二年生、一学期最終日。俺が王子を認識したのは、厄日みたいな夏の日だった。