あ、またあの子と喋ってる。窓の外。いや、まぁ、なんでいつも盗み見してるんだって話なんだけど。自分自身に呆れながら、俺は瀬尾と女の子を見下ろした。
 瀬尾を認識した日と同じ、教室の前の廊下から。あの日と違うのは、開いた窓から吹き込む風が少し冷たくなったことと、眼下のふたりが楽しそうに通り過ぎていったこと。
 なんだ、やっぱり、仲良いんじゃん。誰に言うでもなく胸の内で呟く。校則違反ギリギリの明るめの髪をショートカットにした、クラスの中心で笑っているタイプの女の子。
 ふぅん、瀬尾、ああいうのが好みなんだ。べつにいいけど。俺には関係ないんだし。
「一颯ー、ちょっと。こっちこっち」
「あ、ごめん。戻る」
 教室の入口から顔を出した犀川に呼ばれ、俺は慌てて窓際を離れた。文化祭の準備もそろそろ終盤で、クラスの雰囲気は楽しげであるものの、同時になかなか慌ただしい。
「あ、遠坂くん。当日なんだけどさぁ」
 満面の笑みの櫻井さんから逃げ出したい欲求を抑え「うん、当日」と俺は必死に笑い返した。
 本番が近づいた本日も、櫻井さんのアイデアが留まる気配はない。むしろ、ますます絶好調。たぶんだけど、犀川がよいしょしてるんだろうな。
 衣装は制服にするからお金かかんないしぃ、はともかくとして、だからぁ、高校生BLを全面に出そうと思ってぇ、は、マジでやめてほしいのだが愛想笑いにしかならない。なんだ、高校生BLって。
 遠坂くんは瀬尾くんと仲良いっしょ、あんな感じで大丈夫、じゃねぇんだわ。


「なんか、兄ちゃん、日に日にぐったりしてるけど、大丈夫?」
 文化祭、喫茶なんだろ、楽しくねぇの? あ、陽キャの皮被るのに疲れたの?
 羽純ちゃんとの通話を終えた日向から届いた流れるような悪口に、はは、と俺は乾いた笑みを浮かべた。
 ダイニングテーブルにあごひじをついたまま、疲労回復剤のはずの文庫本も閉じたまま。それは、まぁ、さすがの日向も多少は心配を――いや、心配か、これ。いや、心配ということにしておこう――するというものだ。
 ……でも、日向は元気だな、あいかわらず。
 クラスの準備もあるだろうに、夜はかかさず羽純ちゃんと通話をして、なにやらいつも大爆笑。
 呆れ半分に感心をしたところで、まぁ、でも、と俺は思い直した。櫻井さんも犀川も野井もみんなキラキラ楽しそうなので、真の陽キャとはそういうものなのかもしれない。
「いや、大変でさぁ、準備。日向は元気そうだね」
「元気っつか、うん、まぁ。それに、みんなで一緒に準備すんの楽しいじゃん」
「うわ、リア充」
「羽純ともクラス一緒だし」
 二発目の「うわ、リア充」はどうにか呑み込む。だって、僻みっぽくなったら嫌だし。楽しそうにしていることはいいことだと思うし。
「あと、瀬尾も楽しそうにしてるけど。ようやくちょっとクラスに馴染んだみたいな」
「へぇ」
 よかったじゃん、と俺はおざなりに応じた。だから、最近、昼休みに来ないんだな、とは少し思ったけど。でも、べつに、それだけ。
 瀬尾に仲が良い同級生が増えたらいい、と。謎の兄貴目線で願ったとおりになっているのだから、喜ぶべきだとわかっている。
 ――でも、そういや、最近、コンビニでも会ってないな。
 文化祭の準備優先で、シフトを減らしているのかもしれない。
 どこまでも人が良い川又さんは、「シフト調整は店長の仕事だからね」が口癖で、「代わりを見つけてから休め」なんてことは絶対に言わないし、テスト前に休んでも嫌な顔を見せることはない。野井や犀川のバイト話を聞くたびに、ホワイトの極みなんだろうなと拝みたくなるほどだ。
 そんないいバイトなんて、たぶん、なかなかないわけで。だから、瀬尾も長く続けたらいいと思う。