「そう照れんなって。俺も犀川も一緒に店員やってやるから」
「いや、俺、本当に裏方でいいんだけど」
「一颯がいないと始まんないから駄目」
逆になにが始まると言うのだ。ぐったりとした溜息を堪え、はは、と俺は愛想笑いを浮かべ直した。
悪気なくきゃっきゃっと提案をする櫻井さんは、正直めちゃくちゃきついんだけど。固辞してクラスの雰囲気を悪くすることは、俺にとってはもっときついのだった。
いったん瀬尾のことは意識から外し、野井と教室に向かう。
道中、俺がいないあいだに盛り上がったという「マジ勘弁して」なアイデアを聞かされ、引きつりかけていた俺の表情筋は、教室で待ち構えていた櫻井さんに「店員、やってくれるよね」とほほえまれ(この顔で頼んだら男は断らないでしょと確信している顔だった。いや、まぁ、かわいいとは思うけど)、完膚なきまでに引きつる羽目になった。
――いや、いいんだけどさぁ、べつに。断れるなんて思ってなかったし。
幾度目かの巨大な溜息を我慢して、原野さんたちのもとに戻る。貰った段ボールのサイズに問題はないという回答に安心し、やりかけだった作業を再開すべく、俺は輪の隅にしゃがみ込んだ。
配属された小物班の主な作業は、原野さん作のめちゃうまイラストを拡大して段ボールに貼って看板にしたり、装飾品を作ったりすることだ。
少女漫画っぽい男キャラがイチャつくイラストについて熱く語らう原野さんたちを横目に、段ボールを伸ばし、切断するラインをシャーペンで入れる。
地味な作業は好きだし、本番もずっと裏方でいいんだけどなぁと諦めの悪いことを考えていると、ふっと頭上が陰った。
「あ、……」
見上げた顔に、辻くん、と小さく呟く。
二学期に入っても選択制ぼっちを貫く辻くんだが、文化祭の準備は平均以上に手伝っているのだ。そういうところが、クラスから浮かない所以なのだろうけれど。それはそうとして、辻くんから声をかけられることははじめてだ。
「どうかした?」
その問いに、辻くんの眉間に短いしわが入る。
鉄仮面に定評のある辻くんの表情の変化に「なんかしたかな」とドキリとしたのもつかの間。俺と目線を合わせるように、辻くんはしゃがみ込んだ。
「遠坂さ、いつもそうやって笑ってるけど、嫌だったりしないの?」
「あー……」
心持ち小さな声で問われたそれに、曖昧な声を上げる。
櫻井さんたちと話しているところを見られたとわかったからだ。圧倒的陽キャ集団に囲まれて、愛想笑いを引きつらせていただろう瞬間。気恥ずかしさを誤魔化すように、俺はへらりと笑った。
「いや、べつに、……櫻井さんとかもさ、悪気あるわけじゃないし」
むしろ、めちゃくちゃ無邪気に楽しそうだし。なんでもないことだと主張する調子で、へらへらと続ける。
「せっかくクラスでやるって盛り上がってるんだし、そこに『え~!?』とか言って水差すのもあれじゃん」
それに本気で拒否をすることも、なんだか少し恥ずかしかった。
後半は口にしなかったものの、バレていたのかもしれないなと思った。その証拠に、辻くんの眉間のしわが二本に増える。
「えー……っと」
三度の愛想笑いに、辻くんは、「なら、いいけど」と呟いた。
「べつに、ちょっと気になっただけだし」
「……うん。その、ありがと」
悩んだ末に、そう告げて笑う。自意識過剰かもしれないけれど、辻くんが俺のことを気にかけてくれたことはたしかで。心配される態度を取ったらしい事実は恥ずかしいものの、それは俺の問題だ。
――瀬尾もだけど、辻くんも、はっきりしててかっこいいな。
自分の意見をしっかりと主張できる人。たぶん、春に、辻くんをかっこいいと感じた理由。
それで、愛想笑いで誤魔化すことしかできない俺は、かっこわるくて、やっぱり、少し恥ずかしい。立ち上がった辻くんを見送って、俺はそっと溜息を吐いた。
「いや、俺、本当に裏方でいいんだけど」
「一颯がいないと始まんないから駄目」
逆になにが始まると言うのだ。ぐったりとした溜息を堪え、はは、と俺は愛想笑いを浮かべ直した。
悪気なくきゃっきゃっと提案をする櫻井さんは、正直めちゃくちゃきついんだけど。固辞してクラスの雰囲気を悪くすることは、俺にとってはもっときついのだった。
いったん瀬尾のことは意識から外し、野井と教室に向かう。
道中、俺がいないあいだに盛り上がったという「マジ勘弁して」なアイデアを聞かされ、引きつりかけていた俺の表情筋は、教室で待ち構えていた櫻井さんに「店員、やってくれるよね」とほほえまれ(この顔で頼んだら男は断らないでしょと確信している顔だった。いや、まぁ、かわいいとは思うけど)、完膚なきまでに引きつる羽目になった。
――いや、いいんだけどさぁ、べつに。断れるなんて思ってなかったし。
幾度目かの巨大な溜息を我慢して、原野さんたちのもとに戻る。貰った段ボールのサイズに問題はないという回答に安心し、やりかけだった作業を再開すべく、俺は輪の隅にしゃがみ込んだ。
配属された小物班の主な作業は、原野さん作のめちゃうまイラストを拡大して段ボールに貼って看板にしたり、装飾品を作ったりすることだ。
少女漫画っぽい男キャラがイチャつくイラストについて熱く語らう原野さんたちを横目に、段ボールを伸ばし、切断するラインをシャーペンで入れる。
地味な作業は好きだし、本番もずっと裏方でいいんだけどなぁと諦めの悪いことを考えていると、ふっと頭上が陰った。
「あ、……」
見上げた顔に、辻くん、と小さく呟く。
二学期に入っても選択制ぼっちを貫く辻くんだが、文化祭の準備は平均以上に手伝っているのだ。そういうところが、クラスから浮かない所以なのだろうけれど。それはそうとして、辻くんから声をかけられることははじめてだ。
「どうかした?」
その問いに、辻くんの眉間に短いしわが入る。
鉄仮面に定評のある辻くんの表情の変化に「なんかしたかな」とドキリとしたのもつかの間。俺と目線を合わせるように、辻くんはしゃがみ込んだ。
「遠坂さ、いつもそうやって笑ってるけど、嫌だったりしないの?」
「あー……」
心持ち小さな声で問われたそれに、曖昧な声を上げる。
櫻井さんたちと話しているところを見られたとわかったからだ。圧倒的陽キャ集団に囲まれて、愛想笑いを引きつらせていただろう瞬間。気恥ずかしさを誤魔化すように、俺はへらりと笑った。
「いや、べつに、……櫻井さんとかもさ、悪気あるわけじゃないし」
むしろ、めちゃくちゃ無邪気に楽しそうだし。なんでもないことだと主張する調子で、へらへらと続ける。
「せっかくクラスでやるって盛り上がってるんだし、そこに『え~!?』とか言って水差すのもあれじゃん」
それに本気で拒否をすることも、なんだか少し恥ずかしかった。
後半は口にしなかったものの、バレていたのかもしれないなと思った。その証拠に、辻くんの眉間のしわが二本に増える。
「えー……っと」
三度の愛想笑いに、辻くんは、「なら、いいけど」と呟いた。
「べつに、ちょっと気になっただけだし」
「……うん。その、ありがと」
悩んだ末に、そう告げて笑う。自意識過剰かもしれないけれど、辻くんが俺のことを気にかけてくれたことはたしかで。心配される態度を取ったらしい事実は恥ずかしいものの、それは俺の問題だ。
――瀬尾もだけど、辻くんも、はっきりしててかっこいいな。
自分の意見をしっかりと主張できる人。たぶん、春に、辻くんをかっこいいと感じた理由。
それで、愛想笑いで誤魔化すことしかできない俺は、かっこわるくて、やっぱり、少し恥ずかしい。立ち上がった辻くんを見送って、俺はそっと溜息を吐いた。