「っつか、いまさらだけど、なんでコンビニ? 瀬尾くんみたいな子ってさ、もっとおしゃれなとこでバイトするじゃん」
駅前のスタバとか。カフェとか。あと居酒屋とか。バイトしてる人たち、みんな陽キャみたいな感じの。そういうところ、似合いそうなのに。
恒例になりつつあるバイト終わりの帰り道。尋ねた俺に、瀬尾くんはあっさりと実情を明かした。
「ああいうとこ、客もバイト仲間も寄ってきそうじゃないっすか。コンビニくらいでいいっつうか」
「ああ」
簡単についた想像に、いかにも気の毒にといった相槌になってしまった。だが、かわいそうにと感じたことは事実である。
――なんか、本当にけっこう変わったんだよな、瀬尾くんのイメージ。この夏休みで。
同情されるキャラではないだろうと勝手に判断をしていたものの、ふつうにかわいそうに思うこともある。イラッとする場面もあるけれど、ありがたいと感じる瞬間も多い。それで、これはあたりまえなんだけど、日向の同級生なんだよな。
どれだけ格好良くて、大人っぽくても。そんなことを考えていたら、ふっと瀬尾くんが笑った。
俺をからかうときの顔だとわかったが、無視をするという選択肢はない。ちらりと瀬尾くんに視線を向ける。
「なに?」
「いや、先輩はコンビニでも言い寄られてたなーって思って。俺も気をつけよ」
「おまえ……いや、でも、大変だよな。好きでモテてるわけじゃないもんな」
「先輩って……」
「なんだよ」
「いや、なんか気が抜けるなと思って。こういうこと言うと、モテ自慢って思われて、誰も心配してくれねぇもん。女なんだからどうにでもできるだろって」
わかるよ、と言う代わりに、俺は笑って頷いた。実際には少し異なっているのだろうけれど、それでも、その悩みだけはわりとわかるつもりでいる。
モテたくない相手にモテたところで、なにもうれしくないということと、どうにでもできたとしても、対応すると疲れるということ。
日向も言っていたことだけど、野井たちの言うところの「夏休み前の告白ラッシュ」の最中だっただろうあのときの瀬尾くんは、けっこう疲れていたんじゃないかなと思う。
ほとんど初対面の俺に「彼氏やってあげようか?」と提案をするくらいには。
「それにさぁ、俺はなにもしてないのに、ちょっと一緒にいただけですぐに好きとか言ってくるから。本当面倒で」
「瀬尾くんにしか言えない台詞じゃん」
「はぁ、まぁ、俺、イケメンなんで」
いや、知ってるし。笑った俺を一瞥し、飄々と瀬尾くんは続けた。
「だから、ちょうどいいんすよね」
「それって、俺とのこれのこと?」
「そう、そう。あ、先輩も安心していいよ。俺、絶対、そういう意味で先輩のこと好きにならないから」
「誰もそんな心配してないけど!」
なんか、それ、おっさんにモテるからって、すげぇ自意識過剰みたいじゃん。モテると言ったところで、瀬尾くんみたいな意味でモテているわけではないのに。
「でも、まぁ、……助かってるから。そこはありがと」
はは、と馬鹿にしているのか、なになのか。わからない調子で瀬尾くんが笑う。
「先輩って、なんていうか人が良いよね」
「人が良いって」
「ちょろいでもいいけど」
「おい」
「だから、ちょうどいいって思われるんじゃないっすか。おっさんに」
手軽にオッケーが貰えそう。なにかしても、そこまで騒ぐこともなさそう。俺が絡まれる理由の九割はこれで、早い話が舐められているのだとわかっている。
正論に閉口したものの、でも、と俺は思った。
俺もちょうどいいかもしれないけど、おまえも、たいがい、ちょうどいい感じになってるんだからなって。
だって、知っている。なんだかんだと理由をつけて、途中までこうやって一緒に帰ってくれることも。おっさんのレジを代わってくれることも。
俺が瀬尾くんにしてあげていることなんて、本当に些細すぎて申し訳ないようなことばかりだ。
……こういうさりげない気遣いができるから、モテるんだろうな。
ただ、その気遣いで勘違いされることも多かったのかもしれない。だから、女の子に冷たく接するようになったのかも。
勝手な想像だったものの、あまり外れていない気がした。
この夏休み、俺が一番よく関わった他人は瀬尾くんで、それで、瀬尾くんと喋る時間はけっこう楽しかった。だからというわけではないし、これも、たぶん、なのだけど。意図的に冷たくすることはあっても、瀬尾くんは本質的に優しいのだと思う。人当たりだけは良いと評される、俺の真逆。
ふつうでなくなったり、ひとりになることが嫌だから、俺は他人にすり寄って合わせている。瀬尾くんは、そうじゃない。
「瀬尾くんは、たらしだよね」
「はぁ? 俺がなに」
「いや、女の子をどうのこうのっていう話じゃなくてね? その、なんていうか、人をたらすよなぁって。……ええと、その、つまり、居心地が良いっていう話なんだけど」
「居心地が良い」
信じられないと言いたげにぼやいた瀬尾くんは、だが、結局、ふっと相好を崩した。はじめて見る、高校一年生っぽい笑顔。
「なんか、日向の兄ちゃんって気がしてきた」
「どういう意味、それ。俺、あいつよりはデリカシーあると思うんだけど」
「デリカシーもヒステリーもどうでもいいけど」
「ちょっと、瀬尾くん」
「俺を俺として扱ってくれるなら、それでいいよ」
どこか噛みしめるように、瀬尾くんが繰り返す。
「それでいい」
その表情の受け取め方がわからなくて。悩んだ末に、俺は瀬尾くんの横顔から視線を外した。地面を見つめたまま、「あっそ」と呟く。
そっけない照れ隠しのようなそれを瀬尾くんは笑い、それ以上はなにも言わなかった。
瀬尾くんとシフトが一緒になった最初の日。数分でも辛かったはずの沈黙は、今はまったく気にならなくて。なんだかそれがどうしようもなく不思議だった。
駅前のスタバとか。カフェとか。あと居酒屋とか。バイトしてる人たち、みんな陽キャみたいな感じの。そういうところ、似合いそうなのに。
恒例になりつつあるバイト終わりの帰り道。尋ねた俺に、瀬尾くんはあっさりと実情を明かした。
「ああいうとこ、客もバイト仲間も寄ってきそうじゃないっすか。コンビニくらいでいいっつうか」
「ああ」
簡単についた想像に、いかにも気の毒にといった相槌になってしまった。だが、かわいそうにと感じたことは事実である。
――なんか、本当にけっこう変わったんだよな、瀬尾くんのイメージ。この夏休みで。
同情されるキャラではないだろうと勝手に判断をしていたものの、ふつうにかわいそうに思うこともある。イラッとする場面もあるけれど、ありがたいと感じる瞬間も多い。それで、これはあたりまえなんだけど、日向の同級生なんだよな。
どれだけ格好良くて、大人っぽくても。そんなことを考えていたら、ふっと瀬尾くんが笑った。
俺をからかうときの顔だとわかったが、無視をするという選択肢はない。ちらりと瀬尾くんに視線を向ける。
「なに?」
「いや、先輩はコンビニでも言い寄られてたなーって思って。俺も気をつけよ」
「おまえ……いや、でも、大変だよな。好きでモテてるわけじゃないもんな」
「先輩って……」
「なんだよ」
「いや、なんか気が抜けるなと思って。こういうこと言うと、モテ自慢って思われて、誰も心配してくれねぇもん。女なんだからどうにでもできるだろって」
わかるよ、と言う代わりに、俺は笑って頷いた。実際には少し異なっているのだろうけれど、それでも、その悩みだけはわりとわかるつもりでいる。
モテたくない相手にモテたところで、なにもうれしくないということと、どうにでもできたとしても、対応すると疲れるということ。
日向も言っていたことだけど、野井たちの言うところの「夏休み前の告白ラッシュ」の最中だっただろうあのときの瀬尾くんは、けっこう疲れていたんじゃないかなと思う。
ほとんど初対面の俺に「彼氏やってあげようか?」と提案をするくらいには。
「それにさぁ、俺はなにもしてないのに、ちょっと一緒にいただけですぐに好きとか言ってくるから。本当面倒で」
「瀬尾くんにしか言えない台詞じゃん」
「はぁ、まぁ、俺、イケメンなんで」
いや、知ってるし。笑った俺を一瞥し、飄々と瀬尾くんは続けた。
「だから、ちょうどいいんすよね」
「それって、俺とのこれのこと?」
「そう、そう。あ、先輩も安心していいよ。俺、絶対、そういう意味で先輩のこと好きにならないから」
「誰もそんな心配してないけど!」
なんか、それ、おっさんにモテるからって、すげぇ自意識過剰みたいじゃん。モテると言ったところで、瀬尾くんみたいな意味でモテているわけではないのに。
「でも、まぁ、……助かってるから。そこはありがと」
はは、と馬鹿にしているのか、なになのか。わからない調子で瀬尾くんが笑う。
「先輩って、なんていうか人が良いよね」
「人が良いって」
「ちょろいでもいいけど」
「おい」
「だから、ちょうどいいって思われるんじゃないっすか。おっさんに」
手軽にオッケーが貰えそう。なにかしても、そこまで騒ぐこともなさそう。俺が絡まれる理由の九割はこれで、早い話が舐められているのだとわかっている。
正論に閉口したものの、でも、と俺は思った。
俺もちょうどいいかもしれないけど、おまえも、たいがい、ちょうどいい感じになってるんだからなって。
だって、知っている。なんだかんだと理由をつけて、途中までこうやって一緒に帰ってくれることも。おっさんのレジを代わってくれることも。
俺が瀬尾くんにしてあげていることなんて、本当に些細すぎて申し訳ないようなことばかりだ。
……こういうさりげない気遣いができるから、モテるんだろうな。
ただ、その気遣いで勘違いされることも多かったのかもしれない。だから、女の子に冷たく接するようになったのかも。
勝手な想像だったものの、あまり外れていない気がした。
この夏休み、俺が一番よく関わった他人は瀬尾くんで、それで、瀬尾くんと喋る時間はけっこう楽しかった。だからというわけではないし、これも、たぶん、なのだけど。意図的に冷たくすることはあっても、瀬尾くんは本質的に優しいのだと思う。人当たりだけは良いと評される、俺の真逆。
ふつうでなくなったり、ひとりになることが嫌だから、俺は他人にすり寄って合わせている。瀬尾くんは、そうじゃない。
「瀬尾くんは、たらしだよね」
「はぁ? 俺がなに」
「いや、女の子をどうのこうのっていう話じゃなくてね? その、なんていうか、人をたらすよなぁって。……ええと、その、つまり、居心地が良いっていう話なんだけど」
「居心地が良い」
信じられないと言いたげにぼやいた瀬尾くんは、だが、結局、ふっと相好を崩した。はじめて見る、高校一年生っぽい笑顔。
「なんか、日向の兄ちゃんって気がしてきた」
「どういう意味、それ。俺、あいつよりはデリカシーあると思うんだけど」
「デリカシーもヒステリーもどうでもいいけど」
「ちょっと、瀬尾くん」
「俺を俺として扱ってくれるなら、それでいいよ」
どこか噛みしめるように、瀬尾くんが繰り返す。
「それでいい」
その表情の受け取め方がわからなくて。悩んだ末に、俺は瀬尾くんの横顔から視線を外した。地面を見つめたまま、「あっそ」と呟く。
そっけない照れ隠しのようなそれを瀬尾くんは笑い、それ以上はなにも言わなかった。
瀬尾くんとシフトが一緒になった最初の日。数分でも辛かったはずの沈黙は、今はまったく気にならなくて。なんだかそれがどうしようもなく不思議だった。