なんというか、恋愛って一生できる気がしないなって、思う。

 窓の下。放課後の校舎裏。向かい合う男子生徒と女子生徒。誰がどう見ても、眩しい告白のワンシーン。
 夏休み前に女の子から告白とか、どんな少女漫画だよ。おまけに、男のほうは背の高いイケメンで、女の子もかわいいときた。
 まぁ、顔は見えないから想像なんだけど。そういう雰囲気というやつだ。
 二年七組の教室を出てすぐの廊下の窓枠に肘をつき、改めて外を眺める。早々に帰るつもりで教室を出たわけだけど、これは不可抗力だろう。
 うまくいくのかなぁ、なんて。完全に野次馬を決め込んだ俺の背中に、野井がべたりと張り付いた。「一颯(いぶき)」と親しげに俺を呼ぶ。
「なに見て――って、なんだ。一年の王子じゃん」
「王子?」
 肩に回った腕を解くことも忘れ、俺は繰り返した。なに、そのあだ名。ちょっと面白すぎないかな。視線を向けた俺に、野井がしたり顔で頷く。
「そう、王子。めっちゃモテるらしいよ。うちの高校に入ってからの四ヶ月で二桁以上告られてんだって」
「ええ……」
 俺、一回もないんだけど、という残念な事実を呑み込んだら、妙にドン引いた声になってしまった。
「ヤバいよな。しかも、ぜんぶ断ってるんだって。今回もそうなんじゃね?」
「今度は誰だよ。あいつ、このあいだ、みみちゃん振ったって聞いたんだけど」
 俺、狙ってたのに、というぼやきとともに、反対側に犀川が現れる。
 べつにいいんだけど、なぜ当然のように犀川も俺の肩に肘を置くのだろうか。重くはないけど、暑苦しいし、できれば、ちょっとやめてほしい。思ったものの、俺は軽い愛想笑いに留めた。人生、揉めないことが一番だ。
 まぁ、でも、かわいい子好きの陽キャの犀川のお気に入りということは、「みみちゃん」はかわいいんだろうけど。そう俺は想像した。
 ちなみに、野井も、小学校、中学校、高校、と。常にクラスの一軍だった陽キャだ。謎に陽キャに挟まれたまま、眼下に意識を戻す。
 野井の勝手な予想どおり、女の子は振られたみたいだった。うつむきがちに駆け出していく。現場に残ったのは、王子ひとり。
 かわいそうになぁと上目線で憐れんでいると、ほら、と野井が肩を叩いた。
「な? 振るって言っただろ」
「生意気なんだよなぁ。ま、でも、あれは微妙だったな」
「そ? 俺、ギリ有りだけど」
「えー、俺、なし」
「犀川、かわいい系だもんな。俺、ちょっとくらい不細工でもいけるよ。身体が良かったら」
「最悪すぎる。なぁ、一颯は?」
「え? ああ、俺?」
 犀川に話を振られ、きょとりと首を傾げる。
 勝手に告白現場を覗いての有り無しは、さすがにアウトではないだろうか。いや、まぁ、俺が覗き始めたんだけど。
 ――それに、人のことどうのこうの言える顔してないしなぁ、俺。
 誤魔化すようにもう一度笑った瞬間。きれいな黒い髪が夏の風に揺れ、王子がこちらを振り仰いだ。イケメンどころのレベルではない本物の美形と、ばちりと目が合う。
「やば。睨んでんじゃん」
 面白がる野井の声に、俺は呼吸を思い出した。はっとして息を吸う。美形すぎて息が止まるとか、あるのか。マジか。美形すごいな。
 凝視しているうちに、王子はふいと視線を外した。もう興味はないと言わんばかりの態度で、ゆっくりと歩き去っていく。
 ――王子か。
 内心で俺は呟いた。どんなあだ名だよと正直馬鹿にしていたのだが、訂正する。あれは王子って呼びたくなるわ。
 頭上を飛び交う会話に混じらず、王子の消えた方角を見つめていると、野井が肩を叩いた。
「一颯?」
「あ、ごめん」
「なに、どした? さっきから」
「いや、えっと」
 たしかに挙動不審だったかもしれない。事態を取り繕うべく、俺はへらりと笑った。
「ごめん、バイトだった。遅れるから先に帰るわ」
 本当は違ったわけだけど、嘘も方便というやつだ。
「バイト? コンビニだっけ」
「そ。じゃあ」
 犀川に頷き、また二学期、と笑えば、ようやく腕が外れた。べつにいいけど、なんで、陽キャって距離が近いんだろうな。
 また連絡するわという挨拶に手を振って、廊下を進む。階段に足をかける手前でクラスメイトの辻くんと行き合ったので、「バイバイ」と俺は笑顔を向けた。
 誰とでも喋るし、クラスで浮いているわけではないものの、辻くんはグループ行動はしない派だ。そんな辻くんを「かっこつけ」と野井は評すわけだが、だが、しかし。日和って集団に所属している俺からすると、選択制ぼっちを貫く辻くんは、なんだかすごくかっこいい。
 クラスメイトの男に褒められたところで気持ち悪いだけだろうから、言うつもりはないんだけど。
 クールに挨拶を返してくれた辻くんとも別れ、階段を降りて昇降口に向かう。最後の角を曲がったタイミングで、俺はそっと両肩をはたいた。