事故から1ヶ月が経ち、ついに僕は退院を告げられた。僕は退院するのに、彼女はまだ目を覚まさない。彼女をおいて病院から去るのはなんか嫌だった。
入院中凄くよくしてくれた光さんには「退院する」と挨拶に行きたいけど、あんなことがあったから、どういう顔をしていけばいいのか分からない。彼女に会ったのは2週間も前だ。
｢紡に会いたいな｣
思いを口にだしたら気持ちが大きく膨らんで、なぜか“今行かないと二度と会えない"そんな気がした。
行くことに関して色々不安はあるけど、意を決して僕は彼女の病室へ向かった。
病室の前に立つと、手が震え、足がすくむ。扉を開けたときに待っているものが恐ろしい気がした。思わず立ち止まり、「僕には会う資格なんてないのか」と自己嫌悪に陥った。その瞬間、背後から朝日奈さんの声が響いた。
「君は？」
僕は驚き振り返ると、朝日奈さんが僕を見つめていた。冷や汗が流れ、逃げ出そうとしたが、腕を掴まれた。
「失礼なことをした君に謝りたいんだ。」
その言葉に僕は戸惑った。朝日奈さんは"大の男がこんな事言うのもみっともないが"と言葉を続けた。
「あの後、母さんにこっぴどく叱られた。そして後悔したんだ。紡にとって君は不可欠な存在だと知ったから。」
僕は少し心が軽くなった。けれど僕は朝日奈さんを許す気は全くなかった。だって僕のすべてを否定されたも同然だったから。
「今すぐに許せなんて言わない。これからも俺の事を許さなくたっていい。だけど紡とは...ずっと一緒にいてあげてくれ。それが父親としての頼みだ....」
この一悶着は確かに彼女には一切関係がない事。僕がどれだけ落ち込んでいても。もう怖いものなんて何もない。僕は決意を固め扉を開いた。
「紡、おはよう」
中に入ると、無機質な音が流れる静かな空間に彼女の姿があった。僕は彼女の手を優しく握り、「僕だよ、紡」と声をかけた。
しかし、彼女は目を覚ますわけでは無く、僕は光さんに退院することを伝えた。
「実は僕今日で退院なんです。入院中、よくしてくれた光さんには挨拶したくて。」
「そうなの、もう体は大丈夫なの？」
「はい。大体はもう大丈夫です。ただ通院はしばらく必要みたいで...」
「そうなの。大変なのにわざわざありがとう。」
「あの、これからも紡に会いに来てもいいですか？」
「ぜひお願い！紡も大好きな透さんがいた方が落ち着くと思うから。」
「嬉しいです。ありがとうございます。」
「ところで、お父さん。透さんに謝ったの？」
光さんは僕の少し後ろにいた朝日奈さんに問いだした。
「しっかり謝罪させてもらったよ。もう紡の邪魔はしない。」
「本当にしっかりしてくださいよ。透さん、改めてうちのが悲しい思いをさせてしまってすみません。」
「全然大丈夫です。紡のことを大切に思っているのは分かりましたから。では、僕はもう行きますね。本当はもっと一緒にいたいけど、学校とかちょっとやることが沢山あって...」
「学校、もう復帰するの？」
「はい。もう1ヶ月近く授業遅れちゃってるので、早く取り戻したくて。それに、目を覚ました時、紡にも教えられないし...！」
「そっか。透さん、頑張ってね」
光さんはそんな暖かい言葉をかけてけれた。
僕は「紡、また来るね」と言って、彼女の手をそっと離した。
病院の外の空気はひんやりとしていて、その冷たさは僕に深く、痛く、刺さった。
その日の夜、入院生活で使っていたものを整理していると、事故の時に無くしたと思っていた日記が出てきた。中身を見ると最後の日付は事故に遭う前日で、心がぎゅっと締め付けられた。
僕は日記をつけることを欠かしたくない。無くしたと思ってたし、書ける状況じゃなかったから､書かなかっただけ。見つけたからには､これからもこのノートに出来事を残そう。僕は早速シャープペンを手に取った。
「今日、1ヶ月ぐらい入院していた病院を退院した。警察から聞いた通りだと、ぼくは不幸中の幸いで、体に特に酷い傷はなく、片目を怪我し、視力が格段に落ちただけで済んだ。しかし、紡はまだ目を覚まさない。反応を示さない。」
そう書き記すと僕の目から後悔と不安の涙が、気づいたら流れていた。
もし、重症なのが僕だったら。僕がもっとしっかりしていたら。彼女は確実に幸せな道を辿れたのに。
はっ…はっ…と呼吸が上がっていき､僕は椅子から転げ落ちた。
「透？」
物音から、祖母が様子を確かめに来てくれた。
「ばあ…ちゃん…」
「透！」
祖母に支えられて起きると、僕をそっと抱きしめてくれた。
「ばあちゃんは何があったかわからないけど､大丈夫だよ。大丈夫。」
「ばあ…ちゃん！！ぼ…僕の…せいでっ、紡が…助けられなかった。こ…このままいなくなったら…嫌だ！」
僕は、初めて弱音を吐き、子供のように泣きじゃくった。祖母が沢山なだめてくれて、受け止めてくれた。
彼女と出会う前は、誰にも愛されているという感覚が分からなかった。でも、今はわかる。僕は両親がいない分祖母にたくさん愛されていたんだと。
「ばあちゃん。ありがとう。すごく落ち着いた」
「透は昔から弱音を吐かない子だったから...。こんな時ぐらいは弱音を吐いたっていいのよ。」
「もう大丈夫だよ。心配させてごめんね。男の僕がしっかりしないと、紡を守れない」
「...強くなったね。ばあちゃん応援してる。」
僕は、祖母におやすみと言って、ベッドに入る。明日は久々の学校。嫌だな、何かを思ってもそっとしてて欲しいな、そんな気持ちを感じながら僕は眠りについた。
次の日、僕は緊張の最高潮に立っている。上手く教室に入れたはいいものの、視線を常に感じるからだ。"何があったんだろう"そんな視線を受け続ける僕は焦りしか出ない。そんな時、彼女の友達が話しかけてきた。
「あ、あの！雨宮さん...！」
「はい...。」
「よかったらこれ使って！休んでた時のノート！ノート見るだけじゃ分からないと思うからって、先生が補習開いてくれるみたいだよ。」
「そうなんだ。ノート、ありがとうございます。」
「そ、それと紡って....」
聞きづらいことだろうに。彼女の友達は､心配そうに聞いてきた。僕自身はやっぱりかと思って、あまり言いたくはなかったが、はぐらかすのも違うので話すことにした。
「事故にあったんだ。ニュースになっていたと思うんだけど。僕は幸いなことに､大事にはならなくて…。でも紡はまだ目を覚まさないんだ。」
「え、可哀想…私たちもお見舞い行ってもいいかな？」
「君たちが来たら紡も嬉しいと思うよ。」
…可哀想？なにそれ。彼女は事故に遭って目を覚まさないから"可哀想"なの？
やっぱり教えるんじゃなかった。世間から見たら僕たちは可哀想という扱いを受けてしまうのか。別に可哀想なんかじゃ無いのに。ただ、戦ってるだけなのに。
そういう悶々とした気持ちは大きくなるだけだった。
放課後、補習が終わった僕は、重い足取りで病院へ向かった。彼女の友達から言われた「可哀想」という言葉が頭から離れない。
ドアをノックして部屋に入るとやはり、無機質な音が流れる静かな空間に彼女はいる。
僕は彼女の近くに座って、手を握った。
「紡、おはよう。今日紡の友達に可哀想って言われたよ。僕たちって可哀想なのかな。」
僕は考えた。例え返事が無くとも、心の中で彼女と繋がっていることを信じていた。
「紡...起きてよ。」
彼女の手を強く握り、少しだけ本音を吐いた。
それから来る日も来る日も、放課後に病院に寄っては、彼女に話しかけた。
でも目は覚まさなかった。静かな時間が流れるだけだった。
「紡とまた、日常を一緒に過ごしたい。」
そう言いながら、僕は彼女の隣に座り続けた。たとえ彼女が目を覚まさなくても、愛する気持ちは変わらないと心に誓った。
入院中凄くよくしてくれた光さんには「退院する」と挨拶に行きたいけど、あんなことがあったから、どういう顔をしていけばいいのか分からない。彼女に会ったのは2週間も前だ。
｢紡に会いたいな｣
思いを口にだしたら気持ちが大きく膨らんで、なぜか“今行かないと二度と会えない"そんな気がした。
行くことに関して色々不安はあるけど、意を決して僕は彼女の病室へ向かった。
病室の前に立つと、手が震え、足がすくむ。扉を開けたときに待っているものが恐ろしい気がした。思わず立ち止まり、「僕には会う資格なんてないのか」と自己嫌悪に陥った。その瞬間、背後から朝日奈さんの声が響いた。
「君は？」
僕は驚き振り返ると、朝日奈さんが僕を見つめていた。冷や汗が流れ、逃げ出そうとしたが、腕を掴まれた。
「失礼なことをした君に謝りたいんだ。」
その言葉に僕は戸惑った。朝日奈さんは"大の男がこんな事言うのもみっともないが"と言葉を続けた。
「あの後、母さんにこっぴどく叱られた。そして後悔したんだ。紡にとって君は不可欠な存在だと知ったから。」
僕は少し心が軽くなった。けれど僕は朝日奈さんを許す気は全くなかった。だって僕のすべてを否定されたも同然だったから。
「今すぐに許せなんて言わない。これからも俺の事を許さなくたっていい。だけど紡とは...ずっと一緒にいてあげてくれ。それが父親としての頼みだ....」
この一悶着は確かに彼女には一切関係がない事。僕がどれだけ落ち込んでいても。もう怖いものなんて何もない。僕は決意を固め扉を開いた。
「紡、おはよう」
中に入ると、無機質な音が流れる静かな空間に彼女の姿があった。僕は彼女の手を優しく握り、「僕だよ、紡」と声をかけた。
しかし、彼女は目を覚ますわけでは無く、僕は光さんに退院することを伝えた。
「実は僕今日で退院なんです。入院中、よくしてくれた光さんには挨拶したくて。」
「そうなの、もう体は大丈夫なの？」
「はい。大体はもう大丈夫です。ただ通院はしばらく必要みたいで...」
「そうなの。大変なのにわざわざありがとう。」
「あの、これからも紡に会いに来てもいいですか？」
「ぜひお願い！紡も大好きな透さんがいた方が落ち着くと思うから。」
「嬉しいです。ありがとうございます。」
「ところで、お父さん。透さんに謝ったの？」
光さんは僕の少し後ろにいた朝日奈さんに問いだした。
「しっかり謝罪させてもらったよ。もう紡の邪魔はしない。」
「本当にしっかりしてくださいよ。透さん、改めてうちのが悲しい思いをさせてしまってすみません。」
「全然大丈夫です。紡のことを大切に思っているのは分かりましたから。では、僕はもう行きますね。本当はもっと一緒にいたいけど、学校とかちょっとやることが沢山あって...」
「学校、もう復帰するの？」
「はい。もう1ヶ月近く授業遅れちゃってるので、早く取り戻したくて。それに、目を覚ました時、紡にも教えられないし...！」
「そっか。透さん、頑張ってね」
光さんはそんな暖かい言葉をかけてけれた。
僕は「紡、また来るね」と言って、彼女の手をそっと離した。
病院の外の空気はひんやりとしていて、その冷たさは僕に深く、痛く、刺さった。
その日の夜、入院生活で使っていたものを整理していると、事故の時に無くしたと思っていた日記が出てきた。中身を見ると最後の日付は事故に遭う前日で、心がぎゅっと締め付けられた。
僕は日記をつけることを欠かしたくない。無くしたと思ってたし、書ける状況じゃなかったから､書かなかっただけ。見つけたからには､これからもこのノートに出来事を残そう。僕は早速シャープペンを手に取った。
「今日、1ヶ月ぐらい入院していた病院を退院した。警察から聞いた通りだと、ぼくは不幸中の幸いで、体に特に酷い傷はなく、片目を怪我し、視力が格段に落ちただけで済んだ。しかし、紡はまだ目を覚まさない。反応を示さない。」
そう書き記すと僕の目から後悔と不安の涙が、気づいたら流れていた。
もし、重症なのが僕だったら。僕がもっとしっかりしていたら。彼女は確実に幸せな道を辿れたのに。
はっ…はっ…と呼吸が上がっていき､僕は椅子から転げ落ちた。
「透？」
物音から、祖母が様子を確かめに来てくれた。
「ばあ…ちゃん…」
「透！」
祖母に支えられて起きると、僕をそっと抱きしめてくれた。
「ばあちゃんは何があったかわからないけど､大丈夫だよ。大丈夫。」
「ばあ…ちゃん！！ぼ…僕の…せいでっ、紡が…助けられなかった。こ…このままいなくなったら…嫌だ！」
僕は、初めて弱音を吐き、子供のように泣きじゃくった。祖母が沢山なだめてくれて、受け止めてくれた。
彼女と出会う前は、誰にも愛されているという感覚が分からなかった。でも、今はわかる。僕は両親がいない分祖母にたくさん愛されていたんだと。
「ばあちゃん。ありがとう。すごく落ち着いた」
「透は昔から弱音を吐かない子だったから...。こんな時ぐらいは弱音を吐いたっていいのよ。」
「もう大丈夫だよ。心配させてごめんね。男の僕がしっかりしないと、紡を守れない」
「...強くなったね。ばあちゃん応援してる。」
僕は、祖母におやすみと言って、ベッドに入る。明日は久々の学校。嫌だな、何かを思ってもそっとしてて欲しいな、そんな気持ちを感じながら僕は眠りについた。
次の日、僕は緊張の最高潮に立っている。上手く教室に入れたはいいものの、視線を常に感じるからだ。"何があったんだろう"そんな視線を受け続ける僕は焦りしか出ない。そんな時、彼女の友達が話しかけてきた。
「あ、あの！雨宮さん...！」
「はい...。」
「よかったらこれ使って！休んでた時のノート！ノート見るだけじゃ分からないと思うからって、先生が補習開いてくれるみたいだよ。」
「そうなんだ。ノート、ありがとうございます。」
「そ、それと紡って....」
聞きづらいことだろうに。彼女の友達は､心配そうに聞いてきた。僕自身はやっぱりかと思って、あまり言いたくはなかったが、はぐらかすのも違うので話すことにした。
「事故にあったんだ。ニュースになっていたと思うんだけど。僕は幸いなことに､大事にはならなくて…。でも紡はまだ目を覚まさないんだ。」
「え、可哀想…私たちもお見舞い行ってもいいかな？」
「君たちが来たら紡も嬉しいと思うよ。」
…可哀想？なにそれ。彼女は事故に遭って目を覚まさないから"可哀想"なの？
やっぱり教えるんじゃなかった。世間から見たら僕たちは可哀想という扱いを受けてしまうのか。別に可哀想なんかじゃ無いのに。ただ、戦ってるだけなのに。
そういう悶々とした気持ちは大きくなるだけだった。
放課後、補習が終わった僕は、重い足取りで病院へ向かった。彼女の友達から言われた「可哀想」という言葉が頭から離れない。
ドアをノックして部屋に入るとやはり、無機質な音が流れる静かな空間に彼女はいる。
僕は彼女の近くに座って、手を握った。
「紡、おはよう。今日紡の友達に可哀想って言われたよ。僕たちって可哀想なのかな。」
僕は考えた。例え返事が無くとも、心の中で彼女と繋がっていることを信じていた。
「紡...起きてよ。」
彼女の手を強く握り、少しだけ本音を吐いた。
それから来る日も来る日も、放課後に病院に寄っては、彼女に話しかけた。
でも目は覚まさなかった。静かな時間が流れるだけだった。
「紡とまた、日常を一緒に過ごしたい。」
そう言いながら、僕は彼女の隣に座り続けた。たとえ彼女が目を覚まさなくても、愛する気持ちは変わらないと心に誓った。
