あれから何日経っても目を覚まさない。救いの道があるとすれば、脳死ではないことで、目が覚めないのは事故の時に頭を打ったことが原因なのではないかと言われている。
代われるものなら代わって上げたい。しかし、それは叶わなくて。打撲や肋骨にひび、目を怪我して片方の目の視力が格段に落ちた僕とは比にならいくらいに辛くて痛い思いをしてる彼女のことを考えると胸が張り裂けそうだった。
僕が、僕が水族館になんて誘わなければ、こんな事にはならなかったのかな。
次の日も僕は彼女の部屋を訪ねた。体が大分ましになり、自力で動けるようになった。

「光さん。こんにちわ。」
「あら、透さん。今日も来てくれたのね、ありがとう。」

光さんと軽い挨拶を交わした後

「君が、紡の彼氏かい?」

ずっしり重い声が病室に響いた。
その声の正体は、彼女のお父さんだった。

「…はい。半年くらい前からお付き合いさせて頂いています。雨宮透です。ご挨拶ができていなくてすみません。」

僕は軽くお辞儀をした。

「娘は。紡は、どうしてこうなったのか?」

朝日奈さんは声を絞り出して話している。その姿は絶望そのもので、僕は心中を察することしかできなかった。

「僕も一緒に事故にあっていたから詳しいことは分からなくて。すみません。」
「そうか。」

スっと立ち上がり僕の方に来たと同時に、空中で何かが炸裂した。僕は頬を平手打ちされたのだ。

「俺はそもそも、紡に彼氏がいることも、分からなかった。出張で県外へ行っていたから、事故にあってすぐ、紡の元に行ってやることができなかった。」
「それがなぜ今、僕を平手打ちした原因になるんですか?」
「母さんから事故の詳細を聞いたとき、背後から車が迫ってきたそうだな?気づいてから接触するまで、多少なりとも時間があったはずだ。その時、紡を突き飛ばしたりでもして、逃げようとできたに違い無いんだ!」

朝日奈さんは僕の胸ぐらを掴んで叫んだ。

「どうして、何もしなかった!どうして君がっ、!軽症で、紡がこんなことにならなきゃ行けないんだ!!」

僕も、彼女の身に未だに何が起こってるのか整理がついてないのに、そう言われる筋合いなんてさらさら無い。

「僕だってこうなるなんて分からなかったし、ミリ単位の時間に気づいてすぐ動けるなんて、無理だったんだ!僕だって守れるものなら守りたかった!」
「絶対、紡はこうなっていなかった。紡がこうなってしまったのは全部、人も助けられない体たらくな君のせいだといってもいいんじゃないか?」
「っ、!!」
「お父さん、タラレバ話を持ち出して透さんに当たるのはやめなさい!ここは病院ですよ!」
「僕だって、紡を水族館になんて誘わなければこんなことにならなかったのかなってずっと自分を責めてます。僕が悪いってわかってます。でも、」
「じゃあ、話は早いな。君はもうこの部屋出てけ。これから、ー歩もこの病室に入るな。」

朝日奈さんは震えた声でそう言うと、彼女のベットの近くに置いてある椅子に座った。

「聞こえなかったのか?出てけと言っているっているんだ。」
「今仮に出ていったとしても、明日も明後日もまた来ますから。」
「ガキの戯言はいいんだよ!帰れって言っているんだ。お願いだから、出てってくれ。」

僕は病室を後にした。本当は帰りたくなんてなかった。別に朝日奈さんにそう言われたから従ったわけじゃない。でも本当に図星だらけで、帰らざるをえなかったのだ。

「どうしよう…か」

僕は自室に戻りずっと考えていた。どうして2人同じところにいたはずなのに僕だけが軽症で、彼女は未だに目を覚まさないのだろうか。

「悔しいなぁ」

この気持ちが心の中でぐるぐると渦巻いている。
気づけばもう夕方。喪失感でぼーっとしている時間が長いと、とても退屈で、彼女との楽しかった日々を思い出すだけだった。

ーーー

次の日、僕は警察に事情聴取を受けていた。朝、呼び出された僕は、事故の詳細を聞かれ続けていた。この事故は高齢者のアクセルとブレーキの踏み間違えが原因で、他にも被害者がいることを知り、言葉を失った。

「これで、雨宮さんへのお話は終わりにしたいと思います。ご協力ありがとうございました。」

警察官がそう言い立ち去ろうとした時、

「最後にすみません。」

僕は思わず声を上げた。どうしても自分の頭の中では解決できなかったからだ。

「どうして紡は意識が戻らなくて、僕がこんなにも軽症なんですか?同じところを歩いていたのに。」
「後からわかったことですが、高齢者の車が雨宮さんや朝日奈さんに衝突したとき、車道側にいた雨宮さんは、うまくかわしたんです。しかし、朝日奈さんは数メートル引きずられてしまったので、身体への衝撃が大きすぎたのかもしれません。」
「そうですか…」

僕は言葉を失った。

「でも、どうしてそんな不公平なことが…」

歩道の外側を選んで、危険から逃れようとしたのに、それが裏目に出たとは。僕は無力感と悔しさに襲われ、ただ呆然と立ち尽くすしかなかった。