月日は流れ、ギラついた夏が終わり冬が訪れた。

「いやーほんと寒くなったね!この前夏祭りとか海とか行ったばっかりじゃん!」
「本当にね。それに、秋には紡が街の大食い大会に出て見事な負けっぷりを見せてくれたし。」
「あれは少し苦い思い出かも。」
「いやー楽しかったね、今も思い出し笑いするぐらいだよ。」
「この1年は本当に充実してた!それに、全部透と過ごしたから楽しかったんだよ?」
「そんなこと言ったって僕の懐からは何も出ないけど?」
「そういう意味じゃないって!」

僕たちは帰宅中にそんな話をして盛り上がっていた。
笑いあっていたとき、ふと彼女が僕のカバンを覗き込んだ。目的は彼女のために常備しているグミだが、手に取ったものは違かった。

「なにこの分厚いノート。本にしては大きいし...さては日記か!!」

彼女が興味を示し、ニヤニヤしていた。僕は中身を見たがるのを慌てて止めようとしたが、もう遅かった。彼女はページをめくり始め、今まであったことが綴られているのを見て驚きの声をあげた。

「これ、今までのこといっぱい書いてる…! たまに写真もついてるし。凄いよこれ!」

と目を輝かせた。
僕は少し恥ずかしかった。だけどこんなに感動してくれて嬉しかった。

「これからもこの日記のファン第1号として、思い出を沢山書いてください!」
「そんな風に思ってくれて嬉しいよ。日記をつけるのは人生で欠かしたくない事だから。」
「透って案外律儀だよね」
「いつもだよ!」

はははと笑い合って時間を楽しく過ごした。
それから僕たちは、登下校を毎日一緒にするようになりお昼も一緒に過ごしていた。彼女の友達に「この人が彼氏さん?」と聞かれるのも慣れ、反対に僕はあまり友達がいないので、こういう他人との関わりは新鮮だった。冬の冷たさも、彼女といることで和らいでいく気がした。これからも、こんな風に一緒に過ごしていけたらいいなと心の中で思った。

放課後になると、ゲームセンターやカフェに行ったり、はたまた公園のブランコで高さの競争を挑まれて、ガチで勝ちにこられたり。彼女の笑顔を見ながら過ごすことでエネルギーになっていると感じている僕は、この日常がだんだんと生きがいになっていた。

ある日の昼下がり、僕達は目的地までの道をたどっていた。学校で教師側の大事な会議があるらしく、昼には帰ることになっていたのだ。僕はこれからの時間をめいいっぱい使って、水族館に行く計画を立てている。なぜなら、今日は付き合って半年が経過した日だからだ。学校の近くに小さめの水族館ならあったので、そこにいくことに決めた。

「ねえ紡?水族館に行ったら何みたい?」
「んー、クマノミ!イソギンチャクからうようよ出てくるところ見たい!」
「僕はクラゲ。あの無気力で何も考えてなさそうに泳いでるのって何故か神秘的だとおもう」
「…あんた着眼点おかしいよ」
「真っ当な意見だと思うけどな。」
「まあいいや、後どのくらいで着くのー?」
「まあいいやって。着くまで、あと少しだよ」
「透隊長了解した!」
「紡はいつもそうやって僕を何かの上の立場にしてくるね」
「だって透が頼もしすぎるんだもーん!私の支えになる人物!!よっ!透様!」

バスを降りてこんな話をしながら歩いていたら、お互い楽しくなっていた。小さめな水族館だから、熱帯魚とか小さな魚しかいないかって思うけど、別になんでもいい。行けることがいいんだ。本当に幸せだ。僕がこんなに幸せになっていいのだろうか。物思いに耽っていると突然背後から叫び声が聞こえた。何事かと思い後ろを向いた時には、もう遅かった。ブレーキも掛けず、歩道に突っ込んでくる自動車が目の前に迫っていたのだ。

次に目を開けたとき、そこには人々の声、救急車やパトカーのサイレンの音が響いていた。一瞬だけ気絶していたのだろうか。車が迫って来た時に見た景色とは違って、目の前には地面があった。目線をずらして辺りを見てみると、そこには全身傷だらけで頭から血を流している彼女の姿があった。体を動かそうとしても、その都度激痛が走って動けない。僕もきっと軽傷ではないのだろう。もう目の前が霞んできていた。痛い。辛い。助けて。様々な負の感情が湧き起こっている。でも僕は、意識のないように見える彼女を、最優先に助けて欲しかった。

「誰か…!」

今ある力を振り絞って叫んだ。そうすると、救急隊の方が駆けつけてくれた。僕に処置を施そうとしてくれていたが、僕はその手を振り払う。

「僕は大丈夫ですので…あそこにいる女性を先にお願いします…」
「まず先に君の状態を確認させてください。」
「あそこにいる女性は、僕の彼女なんです!!」

僕は救急隊の手を掴み、そう言った。

「…でもみるからに君も怪我がひどいですよ!」
「僕の中で最も優先すべきものは、彼女です」

そう伝えたえたら、苦い顔をして「わかりました」と彼女の元に走ってくれた。
頭がぼーっとする。さっきの隊員が、僕の元に別の隊員を派遣してくれたみたい。走ってくる足音が聞こえる。多数の被害者の助けを求める悲痛な声や、走り回る隊員の音だけが僕の耳に残っていた。



どのぐらい時間が経ったのだろうか。僕は病院にいた。体を動かそうとしただけで痛かった。彼女のことが心配で、会いたくて、僕はナースコールを鳴らした。その時心の中で、若干の胸騒ぎを感じた。

「雨宮さん目を覚ましたんですね、よかったです。ところで、どうなさいましたかー?」

と、看護師さんが来てくれた。

「行きたいところがあるんです。彼女の部屋に、朝日奈紡のところに連れて行って貰えませんか?」
「雨宮さんはまだ安静が必要なので難しいかも知れません。それに、朝日奈さんのところですか…。」

嫌な予感っていうものはどうしてこんなにも的中してしまうのか。顔を曇らす看護師さんを前に、僕は迷っていた。どんな状態になってても知りたい会いたいという気持ちと、"もし彼女が"となってた時その現実を味わう恐怖。
でも僕は彼女のことを愛すって、守るって決めていたんだから。当然その迷いはすぐに無くなった。

「安静でいないといけないのに、動いて、何かが起こっても自己責任で僕がちゃんと怒られますから、お願いです。彼女に会わせてください。」

僕は真剣に、強く言った。

「分かりました。」

と、覚悟を決めたような看護職さんに、痛みで自力で動くことの難しい僕を車椅子に乗せてもらい、彼女の元に向かった。看護師さんに押してもらっている時も、心の中で大丈夫、大丈夫と唱えながら向かった。

「こんにちは。」

そこには彼女の母親らしき人がいた。そして、たくさんの管に繋がれ、普段とは見違える彼女がいた。僕が挨拶をすると、声にならない声で挨拶を返してくれた。
看護師さんは、何かあったら呼んでくださいと言って部屋を退室し、少しの沈黙の後、彼女の母親が口を開いた。

「雨宮透さんですよね?私は紡の母、朝日奈 光(ひかり)です。紡からいつも面白い話を聞いていました。」
「こちらこそいつも楽しく過ごさせていただいています。その、もっと前に挨拶できなくてすみません。」
「全然大丈夫よ。あなたも体が辛いだろうに、来てくれて嬉しいわ」

そう言ってくれた。なんて暖かい雰囲気の人なんだろう。そんな雰囲気が彼女にも遺伝したんだろうな。でもそれを感じる度に、彼女の現状を聞きづらくあった。どうしても言葉が詰まってしまう。

「ありがとうございます。朝日奈さん、あの、その、」

「光、と呼んでもいいのよ。いつか家に招けたらと思っていたから。こんな形で会うことになってしまっていたけれどね。それにここに来たってことは、紡のことが知りたくて来たのでしょう?」

僕はびっくりした。用件を言わず来たのに、見透かされていたのだ。

「…はい。ずっと紡のことが頭をよぎっていて。本当はまだ安静していてと言われていたんですけど…」

視線を落とすと、光さんの手は震えていた

「紡は、これから目を覚ますかどうか、容態もいつどうなるか分からない状態なんですって。」

彼女の手を握りながらそういう光さんは、冷静を装い僕に振舞っていても、まだ受け入れられない様子は隠しきれていなかった。

「いつどうなるか分からない…」

僕は動揺していた。急に彼女が居ないかもしれない未来ができてしまうなんて。これからも笑いあって、たまに喧嘩もして、日々を過ごすと思っていたのに。
僕の頬にも、既に溜まりに溜まりまくっていた涙が流れてきた。
いつどうにかなるか分からない体。
正直彼女がこんな大変なことになっているのに、僕自身が彼女に何も出来ないことへの精神的ショックの方が大きかった。