月日は流れ、夏が終わり冬が訪れた。

「いやーほんと寒くなったね!この前夏祭りとか海とか行ったばっかりじゃん!」
「本当にそうだよ。それに、秋には小晴が街の大食い大会に出て見事な負けっぷりを見せてくれたしね。」
「あー、あれは少し苦い思い出かも、」
「いやー楽しかったね、今も思い出し笑いするぐらいだよ」
「この1年は本当に充実してたなあ!それに、全部心と過ごしたから楽しかったんだよ?」
「そんなこと言ったって僕の懐からは何も出ないけど?」
「そういう意味じゃないって!」

お互い吹き出して笑っていた。なんて幸せなんだろう。
それから、僕たちはたまに一緒に行っていた登下校は毎日へとかわり、お昼も一緒に過ごしていた。彼女の友達に「この人が彼氏さん?」と聞かれるのもなれたものだ。僕はあまり友達がいないので、こういう他人との関わりは新鮮だった。
放課後になると、ゲームセンターやカフェに行ったり、はたまた公園のブランコで高さの競争を挑まれて、ガチで勝ちにこられたり。彼女と過ごすことでエネルギーになっていると感じている僕は、この日常がだんだんと生きがいになっていた。


ある日の昼下がり、僕達は目的地までの道をたどっていた。学校で教師側の大事な会議があるらしく、昼には帰ることになっていたのだ。僕はこれからの時間をめいいっぱい使って、水族館に行く計画を立てている。なぜなら、今日は付き合って半年が経過した日だからだ。学校の近くに小さめの水族館ならあったので、そこにいくことに決めた。

「ねえ小晴?水族館に行ったら何みたい?」
「んー、クマノミ!イソギンチャクからうようよ出てくるところ見たい!」
「僕はクラゲ。あの無気力で何も考えてなさそうに泳いでるのって何故か神秘的だとおもう」
「、、あんた着眼点おかしいよ」
「真っ当な意見だと思うけどな。」
「まあいいや、後どのくらいで着くのー?」
「まあいいやって。着くまで、あと少しだよ」
「心隊長了解した!」
「小晴はいつもそうやって僕を何かの上の立場にしてくるね」
「だって空が頼もしすぎるんだもーん!私の支えになる人物!!よっ!心様!」

バスを降りてこんな話をしながら歩いていたら、お互い面白くなってしまい声を出して笑った。小さめな水族館だから、熱帯魚とか小さな魚しかいないかって思うけど、別になんでもいい。行けることがいいんだ。本当に幸せだ。僕がこんなに幸せになっていいのだろうか。
そう思っていると突然背後から叫び声が聞こえた。何事かと思い後ろを向いた時には、もう遅かった。ブレーキも掛けず、歩道に突っ込んでくる自動車が目の前に迫っていたのだ。

次に目を開けたとき、そこには人々の声、救急車やパトカーのサイレンの音が響いていた。一瞬だけ気絶していたのだろうか。車が迫って来た時に見た景色とは違って、目の前には地面があった。目線をずらして辺りを見てみると、そこには全身傷だらけで頭から血を流している彼女の姿があった。体を動かそうとしても、その都度激痛が走って動けない。僕もきっと軽傷ではないのだろう。もう目の前が霞んできていた。痛い。辛い。助けてほしい。様々な負の感情が湧き起こっている。でも僕は、意識のないように見える彼女を、最優先に助けて欲しかった。

「誰か...!」

今ある力を振り絞って叫んだ。そうすると、救急隊の方が駆けつけてくれた。僕に処置を施そうとしてくれていたが、僕はその手を振り払う。

「僕はいいですので、あそこにいる、女性を先にお願いします、」
「まず先に君の状態を確認します。」
「あそこにいる女性は!僕の彼女なんです。」
「、でもみるからに君も怪我がひどいですよ!」
「僕の中で最も優先すべきものは、彼女です」

そう伝えたえたら、苦い顔をして「わかりました」と彼女の元に走ってくれた。
頭がぼーっとする。さっきの隊員が、僕の元に別の隊員を派遣してくれたみたい。走ってくる足音が聞こえる。多数の被害者の助けを求める悲痛な声や、走り回る隊員の音だけが僕の耳に残っていた。


どのぐらい時間が経ったのだろうか。僕は病院にいた。体を動かそうとしただけで痛かった。彼女のことが心配で、会いたくて、僕はナースコールを鳴らした。その時心の中で、若干の胸騒ぎを感じた。

「雨宮さん目を覚ましたんですね、よかったです。ところで、どうなさいましたかー?」

と、看護師さんが来てくれた。

「行きたいところがあるんです。彼女の部屋に、朝日奈小晴さんのところに連れて行って貰えませんか?」
「まだ安静が必要なので難しいかも知れません。それに、朝日奈さんのところですか...。」

嫌な予感っていうものはどうしてこんなにも的中してしまうのか。顔を曇らす看護師さんを前に、僕は迷っていた。どんな状態になってても知りたい会いたいという気持ちと、"もし彼女が"となってた時その現実を味わう恐怖。
でも僕は彼女のことを愛すって、守るって決めていたんだから。当然その迷いはすぐに無くなった。

「安静でいないといけないのに、動いて、何かが起こっても自己責任で僕がちゃんと怒られますから、お願いです。彼女に会わせてください。」

僕は真剣に、強く言った。

「分かりました。」

と、覚悟を決めたような看護職さんに、痛みで自力で動くことの難しい僕を車椅子に乗せてもらい、彼女の元に向かった。看護師さんに押してもらっている時も、心の中で大丈夫、大丈夫と唱えながら向かった。

「こんにちは。」

そこには彼女の母親らしき人がいた。そして、たくさんの管に繋がれ、普段とは見違える彼女がいた。僕が挨拶をすると、声にならない声で挨拶を返してくれた。
看護師さんは、何かあったら呼んでくださいと言って部屋を退室し、少しの沈黙の後、彼女の母親が口を開いた。

「雨宮心さんですよね?私は小晴の母、朝日奈 光(ひかり)です。小晴からいつも面白い話を聞いていました。」
「こちらこそいつも楽しませてもらっています。その、もっと前に挨拶できなくてすみません。」
「全然大丈夫よ。あなたも体が辛いだろうに、来てくれて嬉しいわ」

そう言ってくれた。なんて暖かい雰囲気の人なんだろう。そんな雰囲気が彼女にも遺伝したんだろうな。でもそれを感じる度に、彼女の現状を聞きずらくあった。どうしても言葉が詰まってしまう。

「ありがとうございます。朝日奈さん、あの、その...。」

「光、と呼んでもいいのよ。いつか家に招けたらと思っていたから。こんな形で会うことになってしまっていたけれどね。それに、ここに来たってことは、小晴のことが知りたくて来たのでしょう?」

僕はびっくりした。要件を言わず来たのに、見透かされていたのだ。

「...はい。ずっと小晴のことが頭をよぎっていて。本当はまだ安静していてと言われていたんですけど、」
「小晴はね、」

光さんの手は震えていた

「小晴は、これから目を覚ますかどうか、容態もいつどうなるか分からない状態なんですって。」

彼女の手を握りながらそういう光さんは、冷静を装い僕に振舞っていても、まだ受け入れられない様子は隠しきれていなかった。

「いつどうなるか分からない...」

僕は動揺していた。急に彼女が居ないかもしれない未来ができてしまうなんて。これからも笑いあって、たまに喧嘩もして、楽しい日々を過ごすと思っていたのに。
僕の頬にも、既に溜まりに溜まりまくっていた涙が流れてきた。
いつどうにかなるか分からない体。
正直彼女がこんな大変なことになっているのに、僕自身が彼女に何も出来ないことへの精神的ショックが大きかった。

あれから何日経っても目を覚まさない。まだ救いの道があるとすれば、脳死では無いことで、医者から目が覚めないのは事故の時に頭を打ったことが原因なのではないか、と言われている。
代われるものなら代わって上げたい。でもそれは叶わなくて。打撲や肋骨にひび、目を怪我して片方の目の視力が格段に落ちた僕とは比にならいくらいに辛くて痛い思いをしてる彼女のことを考えると胸が張り裂けそうだった。
僕が、僕が水族館になんて誘わなければ、こんな事にはならなかったのかな。