そんなこんなで数日だ。短期間にたまたま出会うことがあれば、それも、周りに知り合いがいない状況であれば、なんとなしに打ち解けるのも早く。最初は他人行儀だった辛城も今ではタメ口になることもある。多少の遠慮は感じるものの、はっちゃけるイメージのほうがない。


「英語と国語は全然大丈夫そうだね」
「うん。結構自信ある」
「よかった。見るとは言ったけど、そこまで得意じゃないんだ」
「それでも教えられるほどの理解力は十分すごいよ。……えっと」
「一石」
「そう、一石くん」


 このやりとりは何度目だったか。最早お家芸のように繰り返されるこれも、二人だけのコミュニケーション。
 達成感と喉で弾ける炭酸が、身と心をリフレッシュさせる。


「来週はもうテストだね」
「うん」
「できそう?」
「……絶対とは、言えないけど」
「多少でも『普段と違う』と思えたらいいんじゃないかな」
「……はい、せんせー」
「うむ」


 おちゃらけて、時間が来た。週末はお互い自主学習。これは自分のため。自分の逃げのために辛城を利用したと思わせないために。辛城のせいとしないための、自分への喝。
 これで自分の成績が下がったら辛城に申し訳ないし。
 ……自己評価の保身に走っているというのは、自覚がある。けど、やることはやっている。できる限りをやっている。自分も、相手も後悔しないための最善だ。それはきっと悪いことではないはず。
 もし辛城が土日もやりたいと言えばもちろん受け入れる。けれど、彼女はしなかった。少し考えてから「わかった」と言っただけだった。
 ……ちょっとだけ、空洞。平日はほぼ毎日やっているし、別教科も必要だし。
 彼女も一人の時間が欲しいだろうし。
 ……なんて。自分以外の理由をつらつらと並べているなあと、呆れ。


「じゃあ、お互い頑張ろう」
「うん。頑張ろう。ありがとうね」
「どういたしまして。じゃあ」
「気をつけてね」


 家の扉の隙間から顔を覗かせ、小さく手を振る。鏡合わせのように返して、同時に小さく笑う。扉が閉まったのを確認して、前を向いた。
 夜は多少涼しさを感じる。鈴虫はまだ鳴いていない。
 夜の音が好きだ。川の連続音。車の地面と擦る低い音。風が吹けば話し声に聞こえなくもない木の葉の擦れる音。煩わしいとは思わない、程よい騒音。
 何を見るでも、何を気にするでもなく、ただ自分に入ってくるものを受け入れる。こんな余裕はいつぶりだろうか。
 家に帰れば、「最近遅いね」と母親が聞いてきた。「塾で追い込んでる」と返せば、少し困ったように笑って「そっか」と言った。


「お弁当作ろうか?」
「……いいよ。帰ってきてから食べる。準備も片付けも自分でするよ」
「そう。気をつけるのよ」


 自宅の食事は薄味だった。揚げ出し豆腐だからこんなもんなのかな。二人で食べているときは、濃いものが多いかもしれない。


 ・♢・


 テストを受けた。
 難易度的にはどうだろう。個人的にはそこまででもないと感じた。学校のテストでそう感じたのは……久しぶりかもしれない。数日間、学校からの帰りは足が軽かった。充足感。充実感。達成感。もしかしたらそれは浮力と同義なのかもしれないと、ふわふわした頭で考えた。
 テストは四日間で十二教科。受験に使う五教科以外はノー勉でいけると先生ですら言っていた。結果が出るのは次の週。本日金曜日から三日間、特に目の前の彼女にとっては緊張の日々。


「では、自己採点会を始めます」
「ヨロシクオネガイシマス」


 緊張しているのか、いつもより固い口調の辛城。表情は暗く、顔の半分が見えないほど俯いている。テスト疲れもあるだろうし、今日はお互い休もうと言ったのだが、彼女の強い希望で今日となった。
 辛城曰く「不安でしょうがない」と。気持ちはわかるし、不安が解消されるのならばということで了承した。