公式帳をめくりながら、何度目かの問題に挑む。初見ほど遅くはないものの、けれど時間はかかる。テストは有限だ。時間内に解けなければ、途中点すらももらえない。
「辛城は計算問題はできるから、そこにまず全力を注ごう」
「うん」
「文章題と図形問題はもう直感で。解けそうだと思ったらまずやってみる。止まったら別の問題をやって」
「わかった」
「で、文章題は求められてるものを理解する。それを文字において、文字を含めた式を作るってして。余計な接続詞とかの文章を黒塗りするとか、括弧で囲ってするといいよ」
「う、うん」
とにかく時間がない。
今は九月上旬。前期期末試験は下旬。後期中間試験が十二月。
……そして、大学受験が二月。
請け負ってしまったからには中途半端に辞めることは許されない。思ったよりも重かった責任が、肩を重くする。でも、請け負ってよかったこともあった。
「今日の小テスト、よかったね」
「……うん、久々にいい点数取れたよ」
学校で目線は合わなかったが、気にしていたらしい。
最近芳しくなくて悩んでいた数学のテストで、ようやく、久々の満点を取れた。余裕も自信もなかった。終了間際で気付いた計算ミス。嫌な汗をかいたことを思い出す。
「辛城と勉強するようになったから、かな」
「……なんで?」
「俺も、基礎ができてなかったんだと思う。成績が伸びなくて、焦って応用ばっかりやってて、でも解けなくて、小さなミスに繋がっていった。教えながら、俺も基礎を学び直してるんだ」
「ふぅん、そっか」
「うん。だから、ありがとう」
――この機会をくれて。
もちろん、今の成績でも医学部は遠い。医学部に受からなければならないなら、今こうしている場合じゃないかもしれない。だけど、この時間はとても自分のためになっている。
勉強しながらも半開きで眠そうな目。何日か連続で見ていると、ちょっとずつ差違がわかるようになってきた。今日は多分、そこまで眠くはないだろう。
「こちらこそ、ありがとう」
勉強のためにと用意されたココアが、部屋と腹を満たす。
考えていたよりも、この空間は居心地がいい。塾よりも学校よりも、家よりも。それはきっと、自分のことじゃないことを考えているからだとわかっている。辛城の頑張りを見て、自分も頑張っている気分になっているだけ。たとえそうだとしても、ちょっとした結果がいい色を出している。きっと、自分のためにもなっている。たぶん、全部が無駄なわけじゃない。いい寄り道だ。そう言い聞かせて、問題に挑む辛城を見つめる。
辛城の家で勉強するようになってから、数日。ふと疑問に思うのが、今でも夜中に男と歩いているのか、ということ。それがどちらだとしても俺から言えることはない。言える立場じゃない。気になるけど、つっこんじゃいけない気しかしない。だから、最初の夜に言われた言葉についても聞けないでいる。そんなことを考えていたら、背もたれがわりのベッドが存在感を濃くした。
ココアの甘味とともに飲み込む。
「っそういえば、他の教科は本当にいいの?」
「うん、たぶん。わからないけど」
「一応見ようか? それか、ほぼ確実に出る問題だけでも教えるよ」
「あ、それは嬉しい。是非」
問題傾向を把握するのは大切だ。
正直、俺のヤマカンは半分以上は当たる。赤点を取らないように、ということなら十分な割合だろう。
「じゃあ明日は数学以外で。これ解けたら今日は帰るよ」
「頑張る。ちょっと待ってね」
勉強会をするようになって思ったこと。辛城は、思ったよりも普通だった。勉強が極端に苦手とか。あんまり食事をとらないとか。一人暮らしとか。人の名前を覚えるのが苦手で、俺の名前もたまに忘れてしまうとか。
本当にただの、ちょっと大人びて不思議な雰囲気のある、普通の女子高生。最初は不気味に思っていた目とか髪も、話をしてみればいつのまにか気にならず。むしろ学校の誰よりも話しやすい。
・♢・
「辛城は計算問題はできるから、そこにまず全力を注ごう」
「うん」
「文章題と図形問題はもう直感で。解けそうだと思ったらまずやってみる。止まったら別の問題をやって」
「わかった」
「で、文章題は求められてるものを理解する。それを文字において、文字を含めた式を作るってして。余計な接続詞とかの文章を黒塗りするとか、括弧で囲ってするといいよ」
「う、うん」
とにかく時間がない。
今は九月上旬。前期期末試験は下旬。後期中間試験が十二月。
……そして、大学受験が二月。
請け負ってしまったからには中途半端に辞めることは許されない。思ったよりも重かった責任が、肩を重くする。でも、請け負ってよかったこともあった。
「今日の小テスト、よかったね」
「……うん、久々にいい点数取れたよ」
学校で目線は合わなかったが、気にしていたらしい。
最近芳しくなくて悩んでいた数学のテストで、ようやく、久々の満点を取れた。余裕も自信もなかった。終了間際で気付いた計算ミス。嫌な汗をかいたことを思い出す。
「辛城と勉強するようになったから、かな」
「……なんで?」
「俺も、基礎ができてなかったんだと思う。成績が伸びなくて、焦って応用ばっかりやってて、でも解けなくて、小さなミスに繋がっていった。教えながら、俺も基礎を学び直してるんだ」
「ふぅん、そっか」
「うん。だから、ありがとう」
――この機会をくれて。
もちろん、今の成績でも医学部は遠い。医学部に受からなければならないなら、今こうしている場合じゃないかもしれない。だけど、この時間はとても自分のためになっている。
勉強しながらも半開きで眠そうな目。何日か連続で見ていると、ちょっとずつ差違がわかるようになってきた。今日は多分、そこまで眠くはないだろう。
「こちらこそ、ありがとう」
勉強のためにと用意されたココアが、部屋と腹を満たす。
考えていたよりも、この空間は居心地がいい。塾よりも学校よりも、家よりも。それはきっと、自分のことじゃないことを考えているからだとわかっている。辛城の頑張りを見て、自分も頑張っている気分になっているだけ。たとえそうだとしても、ちょっとした結果がいい色を出している。きっと、自分のためにもなっている。たぶん、全部が無駄なわけじゃない。いい寄り道だ。そう言い聞かせて、問題に挑む辛城を見つめる。
辛城の家で勉強するようになってから、数日。ふと疑問に思うのが、今でも夜中に男と歩いているのか、ということ。それがどちらだとしても俺から言えることはない。言える立場じゃない。気になるけど、つっこんじゃいけない気しかしない。だから、最初の夜に言われた言葉についても聞けないでいる。そんなことを考えていたら、背もたれがわりのベッドが存在感を濃くした。
ココアの甘味とともに飲み込む。
「っそういえば、他の教科は本当にいいの?」
「うん、たぶん。わからないけど」
「一応見ようか? それか、ほぼ確実に出る問題だけでも教えるよ」
「あ、それは嬉しい。是非」
問題傾向を把握するのは大切だ。
正直、俺のヤマカンは半分以上は当たる。赤点を取らないように、ということなら十分な割合だろう。
「じゃあ明日は数学以外で。これ解けたら今日は帰るよ」
「頑張る。ちょっと待ってね」
勉強会をするようになって思ったこと。辛城は、思ったよりも普通だった。勉強が極端に苦手とか。あんまり食事をとらないとか。一人暮らしとか。人の名前を覚えるのが苦手で、俺の名前もたまに忘れてしまうとか。
本当にただの、ちょっと大人びて不思議な雰囲気のある、普通の女子高生。最初は不気味に思っていた目とか髪も、話をしてみればいつのまにか気にならず。むしろ学校の誰よりも話しやすい。
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