「じゃーん! 今日のはなんと豚肉入りです!」
「だからそれ豚汁だろ」
「だからちげーの! これは豚汁じゃなくて豚肉入り味噌汁なんだよ!」
「次は豚バラいれてみたいな。隣に売ってたあのちょっと高くて脂いっぱいのやつ」
「そんなのもう高級ディナーじゃねえか! 最高! 豚バラ安売りの日絶対やろうぜ」

 相変わらず二人で夕飯を食べる習慣は続いていた。けれど、頻度は三日に一度から少しずつ減り、今では週末、金曜日の夜だけになった。
中学三年生、受験勉強だってある。仕方がないことだ。学校も、クラスも同じで毎日話せる環境にあるのに、話せていないのは学校でのハルの口数が少ないこと以上に、以前にも増して休み時間は勉強していることが増えたからだ。それも、ちらりと覗いただけでも難しそうな問題集を解いていた。ハルの右手はいつもノートの文字が擦れて真っ黒だ。邪魔はしたくない。
だから、一週間分、二人きりのこの時間だけは沈黙なんて一瞬もないくらい話した。

「やっぱロングだよなー」

 音楽番組に出てるアイドルグループを眺めながら呟く。田中や他の友達ならここでショート派かロング派かで白熱バトルが始まるけどハルは「そうか」と頷くだけで興味がなさそうなので別の話題を振ってみる。

「そういえばハルの髪ってストレートでいいよなー。オレなんか癖毛なうえにこの色だろ?染めてんじゃねえかっていつも生活指導で引っかかってさあ」

 ため息交じりに自虐ネタに走る。ふと、食後に甘いものが欲しくなって冷蔵庫を開ける。

「オレはなおの髪好きだけどな。ふわふわしてて甘そうで」
「甘そうってなんだよ。さてはハルも食後のデザートをご所望だな?」
 
 確かこの前買ったキャラメルプリンがあったはず、と冷蔵庫の中を漁る。ハルの、言い方の問題だろうけどなんだかこそばゆい。やっぱり話を戻そうとプリンを持って振り返る。

「ハルのタイプってどういうの? 巨乳?」
「なんだよ急に……巨乳は別に」
「じゃあどういうの?」
「……強いて言うなら」

 ハルと一瞬、目が合う。オレが覗き込むようにしてみていたから当然と言えば当然なんだけど。

「……強いて言うなら、髪がふわふわで、よく喋って、うまそうに飯を食うやつ」
「ふーん、オレとは合わねえなー。オレは黒髪ストレートで暗いってわけじゃないけど誰とでも話すっていうよりはオレの前でよく話してくれる子がいいな。ミステリアス? っていうの?」

 びっくりした。思わず食い気味で自分のタイプを語ってしまった。髪の毛の話がこそばゆくて話を変えたのに、あんなに真っすぐ見つめられたままそんなことを言うもんだから変に勘違いしそうになる。オレも、ハルも男なのに。オレがもし女子だったらきゅんっとしてた。ほら、そんなことを考えているから顔が痛いくらい熱くなっていく。

「ハル、そういうこと簡単に女子に言うなよ、お前モテるんだからさ」

 その場から逃げるように背を向けて立ち上がる。可愛いなと思っていたアイドルグループが丁度テレビに映っていたけど見てる余裕なんてない。

「なんで女子? 言わねえよ」
 
  プリンの蓋をめくる音がする。
 なんで、じゃねえよ。立ち上がったもののいくところもなくて、くるっと振り返って自分もプリンを食べた。ハルは終始頭上にはてな浮かべた顔をしていたのもなんか悔しい。まだ項のあたりがチリチリと熱い。いつもと同じはずのプリンがなんかやけに甘く感じて、なんだか、余計にムカついた。


「うわー、寒い。鍋とか食いたい気分~豚肉たっくさん入れてさあ、なんだっけ、白菜と交互にするやつ」
「あれだろ、ミルクレープ鍋」
「それだっ……じゃない気がする。なんか近くて遠い気がする」

 鍋の名前はもうミルクレープ鍋以外でてこなくなっちゃって、諦めた。
 空からはちらちらした雪が降ってい、寒いのは当然かあなんて思う。
オレは買い物袋を手から腕にかけなおして両手に息を吐きかける。隣のハルは紺のマフラーに顔を埋めた。ハルと買い物に行ったのは三週間ぶりで、一緒に食事をするのもあのプリンを一緒に食べた日以来だ。多分今日が、今年で最後になる。

「なあ、ハルも白星高校一緒に行かねえ?」

 家からは遠く電車で通学しなければならない場所にある。けど、公立で県内唯一の調理学科のある高校だ。先日受けた年内最後のテストではギリギリ合格圏内だった。オレよりずっと頭が良いハルなら余裕で合格できる。元々調理学科に興味があったけれど、どうしても、の理由が説明できなくて諦めていた。それがハルと一緒に飯を作って、食べるようになって、楽しくて、飲食業界の道に進みたいと思うようになった。誰かがオレの作ったもので幸せな気持ちになってくれたら凄く嬉しい。折角高校に行くのなら夢のための勉強がしたい。そこに、ハルがいたら、きっと、もっと嬉しい。

「――ごめん」

 ハルは立ち止まる。一瞬、目を伏せて覚悟を決めたような目でこちらを見つめてくる。

「オレ、受ける高校決まってるんだ。全寮制の。だから一緒の高校には行けない」

 ハルは最後にもう一度「ごめん」と言った。別に約束していたわけではないし、そもそも今初めてした話だ。ハルが謝る必要は全くない。毎日一生懸命勉強しているハルはきっとどこか目標にしている高校がある、そんなことはなんとなく分かっているつもりだった。それなのに、どうしてハルに本当に申し訳なさそうな顔をさせているのだろう。どうしてオレは、こんなに胸が痛いんだろう。

「どこ受けるの」
「青文高校」

 全く縁のないオレでも知っているくらい有名な全寮制の高校だ。文武両道で有名大学への進学率も群を抜いているとか進路指導の先生が言っていた気がする。

「やりたいことでもあんの」
「分からない。将来なにになりたいとかまだ想像もつかないけど、なにかやりたいことができたときにその選択肢は多くて、少しでも目標に近い方がいいと思っている」

 オレはまるで不貞腐れた子供だ。ハルはきっと正しい。妥協して誰かのせいにしてる自分が嫌になる。そのうえ、自分が言われて嫌だった言い方をハルにしている。目も合わせられなくなったハルから刺さる視線が痛い。

「……だから暫く一緒に飯作ったり食ったり出来ない。でも受験が終わったら――」
「分かった。頑張れよ」

 精一杯の笑顔でハルの言葉を遮る。別の高校に進学して、しかも全寮制で会えなくなる。ハルは格好いいし、話せば良い奴だからきっと友達もすぐにできる。オレのことなんか、オレとの時間なんて簡単に忘れていく。
とても今日これから一緒に飯を食える気分じゃなかった。

 早歩きで一人先に帰る。後ろをついてきた足音が途中から止まった。振り返れない。ハルは気を遣ったんだ。ぼろぼろ涙が溢れて落ちる。お前が勝手に期待したんだろって怒ってくれればいいのに。ハルのそういう優しいところが嫌いだ。そんなハルを心から応援できない自分が、大嫌いだ。