そんなことがあってのち、3月末のある日、私はさとみからお花見に誘われた。

『桜の木の下を歩くだけやけど』
 さとみのメールに、
『行くわ。ええやん、最高やん。お花見って、桜を愛でるもんやからね』
 私は、そう返信した。

 その日、会社帰り、桜ノ宮駅でさとみと待ち合わせして、私たちはお目当ての公園まで歩いて行った。
 ほんのり暖かくって、夜風が心地よい。

「ああ、今夜は気持ちええ夜やね」
 さとみは、うっとりとしている様子。
「夜はまだ寒い思たけど、今日は暖かいから最高やね」
 私は彼女の言葉に同意する。

「山田さんから聞いたわ。ありがとう、私の代わりに怒ってくれて。祐華さんが、私の言いたかったこと言うてくれて嬉しい」
 突然、さとみがしみじみとした調子で言った。
 私は苦笑するしかない。

「山田さんがね、いい友達がいて、やりがいのある仕事があって、さとみさんは幸せやね、って。そりゃ大阪を離れられへんよな、って」
 そんなことも言われ、私は照れくさくって仕方ない。

 人出で賑わう公園。今までのように集まって飲酒したりすることは禁止なので、みんな黙って桜の木を見上げている。
 しかし、宵闇に白く浮かび上がる美しい桜に、その場にいる人たち全員、幸せな気分に浸っているのはわかった。

「私なら、女の友情より彼氏、大阪で暮らすより彼氏を取るわ。ごめんやけど」
 私は憎まれ口を叩いてみた。

「うふふ、基本私もそうなんだろうけどさ。けど、まだ当分は私のやりたいようにやらせてぇな! って感じやねんなあ」

 そう答えたさとみの頭上に、桜の花びらが舞い落ちてくる。それはまるで花冠みたいに見え、彼女は春の女王みたいに見えた。
 でも、これ以上彼女を調子に乗らせてはいけないから、今はそんなことは言わないでおく。