さとみから電話がかかってきたのは、終業時刻を少し過ぎた時間だった。

「あっ……。はい、和光商事第1営業部、柴田です」
 一瞬動揺したが、取引先に対する態度で返事する。

 隣の席の(もえ)が、モノ問いたげな顔をして、私のほうを見た。私が彼女に頷くのを確認すると、彼女は「お先に」と言って席を立った。
 
『あのう。私、布川(ふかわ)ですけど、わかります?』

 もちろん。この “甘えた” な独特のしゃべり方。
 大翔(ひろと)さんの前の彼女やん、って。

「ああ、えーと。こんにちは。で、どういうご用件でしょう?」

 私は小声で答えた。営業時間を過ぎているとはいえ、部署の人の大半は残業しているし、外回りの営業担当も全員は帰社していない。

『すみません、まだお仕事中でしたかしら。実は、今日これからお会いできへんかなあって』

「はあ?!」
 何がつらくて彼氏の元カノに会わなアカンねん。
「ごめんなさい、今日は」

『そんな長い時間やないんですけど。さっさと、お話済ませますから』

 仕方がない。はっきり言お。

「すみませんけど、ほんまに何のご用でしょう? 会うて(おうて)まで話すことあります?」

『ねえ、大翔さんに関係ある話やし、少しだけ会うてくれへん?』

 受話器を通して、ねっとりした声が私の耳に張り付くようだ。

 結局、布川さとみに会うことにして、私はパソコンを閉じて周囲に帰りの挨拶をした。
「お先に失礼します」

 残って仕事している人は、パソコン画面を注視したまま、「お疲れ」「お疲れ様」と、口々に答えてくれた。