「おはよー!」

目覚ましに変わる大きな声が聞こえてくる。

セイと同居し始めてから、約一ヶ月程経っていた。

セイはいつも先に目を覚まし、大きな声で私を起こしにかかる。

そもそも、寝ているのかどうかも怪しいが……。

そんな訳で私は最近、スマホのアラームを設定する必要が無くなっていた。

「……おはよ」

「今七時だよ!今日は仕事に行く日だよね?急げ、急げっ!」
と私の背中を叩く。

正確には、叩く動作をしている。

実際に触れることは無いため、私の身体は微動だにしない。
とは言いつつも、出勤日であるには変りないため、布団を剥ぎ起床する。

「今日の朝ご飯は何にするのー?」

リビングからセイの声が聞こえた。

「パンでお願いします」
と歯磨きをしながら答える。

その後パパッと着替えて、化粧を済ませた。
元々薄化粧を好むタイプなので、時間はかからない。

最近は、パンを焼くのはセイの係だった。

モノには触れるため、簡単な家事などは手伝ってくれている。

「サエってどうして、仕事に行く日の朝はいつも食パン半分なの?仕事に行く日こそ、体力必要じゃない?」

セイはトースターで、パンの焦げ目具合を見ながら聞いてくる。

色々してリビングに戻ってくると、セイと目があった。

私は小さな声で答えた。
「……。だって、喉に通らないんだもん」

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祖父母に引き取られ育った私は、幼い頃から自分の居場所に自信がなかった。

愛されていた。
何不自由無く育てて貰った。

頭ではそう分かっていても、

「私はいつか、見捨てられてしまうのではないか」

という根拠の無い不安が拭えなかった。

そんな不安を私は長い年月、抱え過ぎてしまったらしい。

常に人からの評価に怯え、「気分を害さないように」と振舞う癖が染みついた。

そんな私にとって、仕事と人間関係の両立を図ることは思った以上に難しかった。

築き上げた人間関係も、仕事のミスで簡単に崩壊してしまう。

そんな極端な思考に心が振り回され、
いつしか身体は、今までに感じたことが無い程の不安と恐怖で支配されていた。

そのため、就職してからの食事量はどんどん減っていた。

まだ休日は人並みの食事がとれているが、
出勤日の朝と昼はほとんど何も喉を通らなかった。

何故か、喉の辺りがギュッと締め付けられるような感覚に陥るのだ。

大抵そういう時、喉を通してくれるのはゼリー飲料くらいだ。

最近までは「仕方がない」と諦めていたが、ここ一ヶ月はめまいも増えてきて、
無理やり食パンを胃に流し込んでから出勤していた。

「サエ……ねぇ、サエ!大丈夫?今日お仕事休む?」

急に一点を見つめて動かなくなった私を心配して、セイが声をかけてきた。

私はハッと顔をあげ、出来る限り全力の笑顔を作り
「急に休んだら、迷惑かけちゃうよ」
とありきたりな言葉を並べた。

セイが心配そうな顔を向ける。

そんなに笑顔がぎこちなかっただろうか。

でも仕事には行かなければならないのだ。

「ごめん!大丈夫だから。パン……せっかく焼いてくれたのに、ごめんね」

私は食べきっていないトーストを見て、申し訳ない気持ちで一杯だった。

若干後ろ髪を引かれつつ、勢いで「行ってきます」とだけ言って玄関を出た。