ある日、玄関のチャイムで目が覚めた。
この日から、私の生活は一変する。

「なんか今日宅配便とか頼んでたっけ?」

おもむろに玄関まで向かう。ウチの玄関は若干建付けの悪いガラスの引き戸。

ガラス越しでぼやけてはいるが、そこにいるのは女性らしかった。

大抵ウチに来るのは、近所の梶本さんか郵便配達の人なんだけど……一体誰だろう。

鍵を外し玄関をガラガラと開けると
「朝っぱらからすみません」
と、そこには学生服に身を包んだ女の子が立っていた。

不思議だ。
日が照り付けるこんな暑い時期に、彼女は長袖のセーラー服を着ている。

しかも、ここら辺では見かけない制服だ。
少なくとも、私の出身校の後輩という訳では無さそうだった。

髪は短く、身長は平均よりも高いかな?私の身長よりは高い。

スカートから伸びる足はスラッと細く、腰の位置が高いことは明らかだった。

それに加えて整った顔立ち。
パッと見、モデルのようだ。

私は、この子と何か接点でもあっただろうか。

「おはようございます。あの、一体何の御用でしょうか」

歳は高校生くらいだろうか。

こんなに目立つ容姿。
一度会ったら忘れるはずがないが、いくら必死に記憶を遡っても該当する顔は出てこなかった。

そんな風につらつらと頭で考えていると、沈黙を断ち切るかのように勢いよく彼女は言った。

「あ、最初は挨拶か。私の名前は、セイって言います!今あなたの心に宿っている魂。それ、昔私が使っていたものなの。だいぶ前に手放したはずなんだけどね。つまり私は、あなたの前に生きていた人。前世って言った方が分かりやすかったりするのかな?」

そう言って彼女は何でもない様子でニコッと微笑んだ。

「え……」

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「では、お邪魔しまーす」

先程セイと名乗った女の子は、そう言いながら勢いよく家の中に入ってきた。

「ちょっ、え、あの!困ります!」

何て遠慮の無い子なんだ。
そう思いながら勢いよく玄関の扉を閉め、後を追いかける。

「わぁ!素敵なお部屋。畳かと思っていたけど、フローリングなんだ!実家に帰って来たような雰囲気で、なんだか落ち着くな。こんな広いお家に一人暮らし?」

そこら辺にあるソファや台所を物色しながら聞いてくる。

「まぁ、今は。昔は祖父母と暮らしていました。この家も祖父母のものです」

そう言うと、彼女は視線をスッと仏壇の方に向けた。本当に失礼なやつだな。

「祖父母は生きてますっ!その仏壇は、両親のものです!」

「ご両親、亡くなったの?」

「えぇ。でも、だいぶ昔のことだから」

私は若干投げやりに返答してしまった。

しかし彼女は「そう……」と意外にも悲しそうな表情を浮かべた。

そしてそのまま彼女は仏壇の前に歩みを進め、座布団の上でスッと正座した。

そして、両手を合わせ丁寧に頭を下げた。

その所作があまりにも綺麗で、不覚にも見惚れてしまった。

「あの……」
何故か小声になってしまった。

「ご挨拶は大事だよね」

「え、あっまぁ。ありがとう」
と私は頭を下げる。

急に人の家に上がり込んで来たかと思えば、時に礼儀がなっていたり……。

私は彼女についてまだ、性格や本心が読めないでいた。

そしてこんな急展開に巻き込まれたことへも、納得は出来ていない。

彼女は一体何者なのか。

私は勇気をもって尋ねてみた。

「あの!正直、今の状況を把握しきれていなくて。もう少し分かりやすく説明してもらっても良い?前世がどうこうっていう話も、まだ信じきれていないというか……」

すると彼女はゆっくりとこちらを向き、切なそうに微笑んだ。

私はその表情に、というかその瞳に一瞬吸い込まれそうだった。
胸が締め付けられるような、胸がキューっとなるような表情だった。

そして彼女は、話し始めた。
「あはは……、そうだね。強行突破してしまって、ごめんなさい。ただそうでもしないと、あなたに迷惑をかけると思ったから」

「迷惑?」

急に家に入って来られる方が迷惑だよ⁉と若干心の中でツッコんだが、話がややこしくなりそうだったため私は言い出しそうなのをグッと堪えた。

「だって、私はあなたにしか見えていないから」

「え、私にしか見えてないの?」

「そうだよ。言ってしまえば幽霊だもん」
彼女はニコッと微笑む。

私は今とんでもない状況に巻き込まれているのではないだろうか。

「えっ、もしかして、私これから『魂返せ』的な感じで襲われたりします?え、ムリムリムリムリ……!私ホラー系苦手なので、やるならひと思いにやって頂きたいんですけど」

私は涙ながらに懇願する。

しかし、彼女は「あはは」と笑いながら「大丈夫だよ」と言った。

「別に魂を取りに来た訳じゃないし。てか、大抵の人はこの場合『命だけは』って感じでお願いするもんなんじゃないの?『やるならひと思いに』って、珍しいね。普段から死にたがってるみたい」

私は苦笑いする。
何か全てを見すかされているようだった。

「まぁ、いいや!でも正直ね、混乱しているのは私も一緒なの。なんたって、私は当分前に死んでるんだから。だからわかる範囲で説明しようとすると、あなたの前世であることしか伝えることが出来なかったのよ。唯一の接点がそこだから」

私は彼女が嘘を言っているようには思えなかった。

それにしても、前世って。
そんなの、物語の中でしか聞いたこと無いんだけど。

私はまだ、不信感が拭いきれなかった。
そんな様子を見透かしてか、彼女は私に一つ問いかけてきた。

「私って今、何歳に見える?」

「えっ」

「適当でも良いから!何歳に見える?」

「えっと……、高校生くらいかな?」
言われた通り適当に、出会った当初の印象を言ってみた。

すると
「正解!高校二年生」
若いな。呑気にそんなことを考えていると、次の質問が飛んできた。

「じゃあ、どうして私はこの年齢で止まっているのでしょうか」

この場の空気が一気に鎮まる。

彼女は笑顔のまま、純粋な眼でこちらを見ていた。
しかし、何故だろう。

私には一瞬だけ、その笑顔が作り物のように見えた。
お面を身に付けているような、そんな感覚。

こちらを怖がらせようとしている訳ではなく、滲み出る寂しさを隠しているような雰囲気だった。

そして、何とも言えない独特の雰囲気にのまれ、私はこう口にしていた。

「わかんない……」
すると、彼女は間髪入れずにこう答えた。

「事故で死んだの」
「……」
私は何も言えなかった。

もしかしたら、息まで止めてしまっていたかもしれない。

「知りたいけど、知りたくない」そんな矛盾した感情の狭間で、私の心は揺れ動いていた。

しかし、彼女は意外にもあっけらかんとした様子で、何でも無いことのように話を続けた。

「ある時、車で家族旅行に行ったんだけどね、その帰り道で事故ったの。もちろん、誰も巻き添えにはしてないわよ!勝手に自分たちの車が、谷底に落ちただけ。急な曲がり角に出会って、ハンドルをきっても曲がり切れなかったのね。そのまま、ダーン!って、谷底に車ごと落ちて行った……ような気がする。死ぬ直前の記憶は結構曖昧なんだよね!詳しく覚えてなくて、申し訳ない」

そう言いながら彼女はリビングの窓際に行き、そこから見える海を覗いた。

「でも、私的にはある意味良かったかも。記憶は曖昧にしてもらって。鮮明に覚えているのも逆に怖いし。上手い事なるようになってるわ!」

彼女は両手と踵をグイッと上げて軽く伸びをした。

事の顛末を聞いて納得したのは束の間。

私の中には、色々な疑問が湧き出てきた。

「わかった。あなたが亡くなった理由も、まだ若いままなのも。でも前世っていったら、『転生』というものがセットなんじゃないの?転生したから私が生まれたんじゃないの?じゃぁ、今のあなたは何者なの⁉何より、何で今なのよ⁉」

だんだんと混乱していき、後半にかけては畳みかけるように質問してしまった。

彼女は嫌そうな顔をして、両手で耳を塞いでいる。

「もー、一度に色んなこと言わないでよ!」
と彼女は少しむくれながらこちらを見つめてきた。

手は両耳に当てられたままだ。

私は少し反省し、落ち着いて彼女の言葉を待つことにした。

「さっきも話したように、私も分からないことだらけなの」

若干自信無さげに、しょんぼりした様子で話し始める。

「魂は手放したはずなんだけど、気づいたらこの街に居て……。辺りを見渡したら一ヵ所だけ、ポワッと明るく光る所があったのね。だから、何も分からない私は動くしかないじゃない。そして近くまで来てみると光っていたのは、あなたのお家だった。ここまで来たらチャイムを押すしか無いと思ったわ。そしたら、あなたに出会えた。あなたが私の生まれ変わりなんだってことは、見た瞬間にピンときたわ!今確実に言えるのは、これくらいね」

彼女は最後まで淀みなく話しきった。

私はというと、空いた口が塞がらなかった。

「信じられない。何その勘!全部作り話だって可能性も……。だって、普通に身体にも触れるし!ってあれ?」

身体に触れようとすると、私の手は彼女の身体をすり抜けた。

「だから幽霊だって言ったじゃん。なんかこう……モノには触れるんだけど」

そう言いながら、机や柱を撫でて歩く。

「人や動物には触れられ無いっぽい。生きている魂に干渉しちゃうと良くないのかなぁ」

彼女はそれほど気にしていないといった様子で、部屋の中を見渡していた。

「ひとまず、前世かどうかの話は置いておいて、この世の存在では無いことは分かった。それで、どうするの?成仏?っていうか、このままって訳にもいかないよね?何か目的があるんじゃないの?」

「そうなんだよね、そこが問題。何故私はこの世にいるのか、何をしたら消えるのか、全く分からないんだよ」

彼女は腕組みをして、首を傾げる。

「あはは……。それは困ったね」
乾いた笑みを浮かべながら、私は必死に今の状況を整理しようとしていた。

しかし、彼女にとってそんなことはお構いなし。

私が真剣に頭をフル回転させている最中、とんでもない提案をぶっ込んで来た。

「そこで一つ!暫くここに置いてくんない⁉私は、絶対ここに理由があって導かれたんだと思うの。一緒にいたら、私が成仏出来る方法も分かるかもしれないし!」

「えぇー!」

私は部屋中に大きな声を響かせた。

確かに、ホラーの類にはめっぽう弱いはずの私だが、
何故かこの数分間一緒に居て「怖い」と感じる瞬間は一度も無かった。

もしかしたら、導かれたという話はまるっきり嘘では無いのかもしれないが……。

私は暫く腕組みをして頭を悩ませる。

彼女も負けじと食い下がる。

「いいじゃん!お腹だって空く事ないから食費はいらないし、お風呂もいらない!一緒にいるだけじゃん!」

「でも……」

「このまま、外に出て変に霊感ある人に見つかっちゃったらどうすんの!私に何かあったら、その後を生きている君にだって影響しかねないよ?」

彼女はニヤリとしながらこちらを覗き込む。

前世である説をまだ信じた訳ではないが、
幽霊に何かあるかもしれないと言われれば若干怖い気もした。

「はいはい、分かった。暫くね!何か成仏できる方法が分かるまでこの家貸すよ。だけど、私はまだ全てを信じた訳じゃないからね!」

「それで良いよ!では、改めまして。セイです。よろしくね!」

すごく眩しい笑顔……。

向けられた屈託のない笑顔に、思わず目を逸らしそうになった。

「サエです。よろしく」

こうして謎の同居生活が始まることとなった。