あれから私は、サエさんを見掛けていない。
どうしたんだろう。
今日も良い天気で日向ぼっこには丁度良いのに。
いつもサエさんが座っていたベンチが、少し寂しそうだ。
「おばあちゃん、今日も居ないね」
アカネが言う。
「そうだね、季節の変わり目でもあるし、体調でも崩されちゃったのかしら」
そうアカネの手を引きながら口にするも、少し心配だった。
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
数日後、夕方に車で買い物へ出かけている途中、見過ごしてはならないものが目の端に横ぎった。
葬儀屋の前、大きな立て看板に書かれていた名前。
「故 後藤サエ」
私は一瞬息が止まったのではないかと錯覚する程愕然とした。
サエさんってお名前は結構居られるし、そんなわけ……。
しかし、私はしっかりと見てしまっていた。
杖に貼られた、お名前シールを。
運転中の車を路肩に止める。
茫然としていたのも束の間、私はハンドルに顔を埋めて、大粒の涙をボロボロと流しながら泣いた。
「また今度」叶わなかったな。
お姉ちゃんにも報告しよ……。
私は家に帰って、姉に電話をした。
もう外は暗くなっている。
姉は忙しいのか中々電話に応答しない。
私は仕方なく、メールで伝えることにした。
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
妹からの着信が来ていた。
シャワーを浴びていて、気がつかなかった。
折り返し電話をかけようと思ったが、同時にメールも届いていた。先にそちらの内容を確認する。
ドクンッ……!
「えっ、サエさん。あの時はお元気そうに見えたのに。急だったわね」
私は妹に折り返し電話をかけた。
プルルルル……、プルルルル……
私はスマホを片手に、何気なく外を見る。
すると……。
気が付かないなんてことが、あるのだろうか。
一周回って恐怖に近い感覚だった。
暗くなった窓に反射する自分の顔。
その目から、勝手に水が重力に従って流れ落ちているのだった。
「えっ」
もちろん涙だということは分かっている。
しかし、この感覚……どうやって表現したら良いのだろう。
例えば彼の有名な絵画、モナ・リザ。
美術館でも展示会でも、どこでも良い。
とにかくあの絵画をパッと視界に入れた瞬間、その目から涙が流れているとしたらどうだろう。
恐怖と信じられない気持ちが、頭を一気に支配するのではないだろうか。
やや極端な例えではあったが、私が受けた衝撃はそれと似たような感覚だった。
「確かに、悲しかったけど。でも……」
――これ、私の涙じゃない気がする――
「お姉ちゃん、なんて?もしもし?」
「あっ、ごめん!何でもない」
私は何を馬鹿げたことを考えているのだろう。
知り合いが亡くなったのだ。
これじゃ血も涙もない人間みたいじゃない。
この身体は私のもの。
さっき流した涙だって……私以外に誰だというの。
トクンッ、トクンッ、トクンッ、トクンッ……
END
どうしたんだろう。
今日も良い天気で日向ぼっこには丁度良いのに。
いつもサエさんが座っていたベンチが、少し寂しそうだ。
「おばあちゃん、今日も居ないね」
アカネが言う。
「そうだね、季節の変わり目でもあるし、体調でも崩されちゃったのかしら」
そうアカネの手を引きながら口にするも、少し心配だった。
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
数日後、夕方に車で買い物へ出かけている途中、見過ごしてはならないものが目の端に横ぎった。
葬儀屋の前、大きな立て看板に書かれていた名前。
「故 後藤サエ」
私は一瞬息が止まったのではないかと錯覚する程愕然とした。
サエさんってお名前は結構居られるし、そんなわけ……。
しかし、私はしっかりと見てしまっていた。
杖に貼られた、お名前シールを。
運転中の車を路肩に止める。
茫然としていたのも束の間、私はハンドルに顔を埋めて、大粒の涙をボロボロと流しながら泣いた。
「また今度」叶わなかったな。
お姉ちゃんにも報告しよ……。
私は家に帰って、姉に電話をした。
もう外は暗くなっている。
姉は忙しいのか中々電話に応答しない。
私は仕方なく、メールで伝えることにした。
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
妹からの着信が来ていた。
シャワーを浴びていて、気がつかなかった。
折り返し電話をかけようと思ったが、同時にメールも届いていた。先にそちらの内容を確認する。
ドクンッ……!
「えっ、サエさん。あの時はお元気そうに見えたのに。急だったわね」
私は妹に折り返し電話をかけた。
プルルルル……、プルルルル……
私はスマホを片手に、何気なく外を見る。
すると……。
気が付かないなんてことが、あるのだろうか。
一周回って恐怖に近い感覚だった。
暗くなった窓に反射する自分の顔。
その目から、勝手に水が重力に従って流れ落ちているのだった。
「えっ」
もちろん涙だということは分かっている。
しかし、この感覚……どうやって表現したら良いのだろう。
例えば彼の有名な絵画、モナ・リザ。
美術館でも展示会でも、どこでも良い。
とにかくあの絵画をパッと視界に入れた瞬間、その目から涙が流れているとしたらどうだろう。
恐怖と信じられない気持ちが、頭を一気に支配するのではないだろうか。
やや極端な例えではあったが、私が受けた衝撃はそれと似たような感覚だった。
「確かに、悲しかったけど。でも……」
――これ、私の涙じゃない気がする――
「お姉ちゃん、なんて?もしもし?」
「あっ、ごめん!何でもない」
私は何を馬鹿げたことを考えているのだろう。
知り合いが亡くなったのだ。
これじゃ血も涙もない人間みたいじゃない。
この身体は私のもの。
さっき流した涙だって……私以外に誰だというの。
トクンッ、トクンッ、トクンッ、トクンッ……
END