「じゃあ、サエさんまた今度!」
「えぇ、気を付けて行ってらっしゃい」
私たちはアカネを挟む形で、公園に背を向けて歩き出した。
「サエさんって、なんか不思議な感じの人だったね」
姉が不意に話しかけてくる。
「そお?確かにさっきは少し様子がおかしかったけど、本当に優しいお婆さんなんだよ」
「あっいや、変って意味じゃ無くてさ、不思議な力を感じた……というか。サエさんとはどうやって出会ったの?」
「アカネがまだ赤ちゃんの時だよ。私が育児で疲れ切っているところを助けてくれたんだ」
「へー。じゃあ、だいぶ前からの付き合いなんだ」
「そうそう。最近はちょっと物忘れが進んで、同じことを何回もお話されたりすることはあるんだけどね」
私は苦笑いする。
「そうなんだ。心配だね」
「うん。お話にはさ、よく同じお名前の方が出てきてね、とても大切な恩人なんだって。いつもサエさん、その人の写真を持ち歩いてるの。その方に、もう一度会いたいみたい。でも絶対に叶わないんだって」
「え?なんで?」
私は少し声を小さくして話を続けた。
「あのお写真、だいぶ古いものだったから。もしかしたら……」
姉は数秒で何かを察し、これ以上は聞いて来なかった。
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
暫く三人で歩いていると
「もう疲れたー」
とアカネが駄々をこねだした。
これはマズイ。
一度駄々をこね始めると、中々機嫌が直らないのだ。
公園から少し遠くのお店を予約してしまったことを後悔した。
「もう少しで着くからねー」
私はそう言ってあやしてみたが、あまり効果は無さそうだった。
「これはもう抱っこしかないか」と、諦めかけているとここで救世主が。
「今、アカネの幼稚園では何が流行ってるの?」
お姉ちゃんだ。
今アカネは「大人の女性」に憧れており、「流行」や「スタイル」といった言葉に敏感なのだ。
当の本人も「えっとねー」と考え始めている。
これはナイスな助け船だ!お姉ちゃん!
私は無言で姉に、親指を立て「グッジョブ」と合図した。
姉は、あっけらかんとした様子で笑っていた。
「思い出した!生まれ変わったら○○さんごっこ!」
アカネが元気よく答える。
「へー!何それ。初めて聞いた」
ちなみに私も初めて聞いた。
子供の遊びのブームはコロコロと変わるため、追いつくのが難しい。
ある時アカネから遊びに誘われたが、ルールが分からなかったため「お母さん、これ知らないなぁ。どうやって遊ぶの?」と聞くと、「遅れてるわね!」と出来る女性アピールをされた。
さすがに、姉には言わないみたいだが。
「ちなみにアカネは、生まれ変わったら何になりたいの?」
「私はね、ネコさん!」
「どうしてネコさんなの?」
姉が話し相手をしてくれている。
気づけば、海岸沿いまで来ていた。
お店まであと少しだ。
「だって、自由な時間にお昼寝出来るんだよ!最高じゃん!」
私と姉は「確かに」とクスクス笑った。
アカネはというと、笑われたことが不服だったのか「じゃあお母さんは?」と若干適当にバトンを投げられた。
「お母さんか。お母さんはね、綺麗に咲くお花かな?ある季節になったら何度でも咲くお花。咲いたら『もうこんな季節だね』って言ってもらいたいな」
アカネは一言「ふーん」と言った。
私の回答はお気に召さなかったようだ。
その後すぐに、「じゃあ、ハルお姉さんは?」と次のバトンが渡されていた。
「えー、わたしー?私は……」
姉は一瞬言葉を詰まらせ、空を見上げた。
ザザーッ……、ザザーッ……
波の音がよく聞こえる。
私は姉の回答に少し興味があった。
姉は基本的にサバサバした性格なのだが……時に「切なさ」「悲しみ」「諦め」そんな感情が入り混じった、何とも言えない表情を浮かべることがある。
私はそれがずっと気がかりで、不思議でもあった。
お姉ちゃんは、何を思っているのだろうか。
私はそれが知りたくて、昔そんな表情を浮かべる姉に声をかけたことがある。
しかし一瞬で表情は切り替わり、普通の顔して「ん?どーした?」と聞いてくるのだった。
そして今。
空を見上げるこの表情こそ、時折見せる例の表情なのだ。
「なんて答えるんだろう……」そう心の中で思っていると
ビューッ
かなり強い風が吹いた。
その間に、姉の口元は動いている。
「生まれ変わっても……〇△※□」
「えっ?」
姉の声はその強い風の音に遮られ、私は一番大事なところが聞き取れなかった。
姉は風になびく髪を耳元で押さえながら、先程とはまた違い、清々しい顔をしていた。
「お姉ちゃん、ごめん。最後が聞こえなかった。何て言ったの?」
「えー。一回言ったからもう教えなーい」
そう言って、ニコッと意地悪そうな笑顔をこちらに向けるのだった。
私は一瞬言葉を失った。笑ったその瞬間。ほんの一瞬だが、違う誰かの面影がチラついたような気がしたのだ。しかし、んー……誰だっけな。
思い出せない。
どこかで見たんだけど……。
目的地は、道路を渡ればすぐの所まで来ていた。
若干気になりはしたが、「そんなの気のせいだ」と自分に言い聞かせ、私たちはランチを予約したお店に入るのだった。
「えぇ、気を付けて行ってらっしゃい」
私たちはアカネを挟む形で、公園に背を向けて歩き出した。
「サエさんって、なんか不思議な感じの人だったね」
姉が不意に話しかけてくる。
「そお?確かにさっきは少し様子がおかしかったけど、本当に優しいお婆さんなんだよ」
「あっいや、変って意味じゃ無くてさ、不思議な力を感じた……というか。サエさんとはどうやって出会ったの?」
「アカネがまだ赤ちゃんの時だよ。私が育児で疲れ切っているところを助けてくれたんだ」
「へー。じゃあ、だいぶ前からの付き合いなんだ」
「そうそう。最近はちょっと物忘れが進んで、同じことを何回もお話されたりすることはあるんだけどね」
私は苦笑いする。
「そうなんだ。心配だね」
「うん。お話にはさ、よく同じお名前の方が出てきてね、とても大切な恩人なんだって。いつもサエさん、その人の写真を持ち歩いてるの。その方に、もう一度会いたいみたい。でも絶対に叶わないんだって」
「え?なんで?」
私は少し声を小さくして話を続けた。
「あのお写真、だいぶ古いものだったから。もしかしたら……」
姉は数秒で何かを察し、これ以上は聞いて来なかった。
⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆
暫く三人で歩いていると
「もう疲れたー」
とアカネが駄々をこねだした。
これはマズイ。
一度駄々をこね始めると、中々機嫌が直らないのだ。
公園から少し遠くのお店を予約してしまったことを後悔した。
「もう少しで着くからねー」
私はそう言ってあやしてみたが、あまり効果は無さそうだった。
「これはもう抱っこしかないか」と、諦めかけているとここで救世主が。
「今、アカネの幼稚園では何が流行ってるの?」
お姉ちゃんだ。
今アカネは「大人の女性」に憧れており、「流行」や「スタイル」といった言葉に敏感なのだ。
当の本人も「えっとねー」と考え始めている。
これはナイスな助け船だ!お姉ちゃん!
私は無言で姉に、親指を立て「グッジョブ」と合図した。
姉は、あっけらかんとした様子で笑っていた。
「思い出した!生まれ変わったら○○さんごっこ!」
アカネが元気よく答える。
「へー!何それ。初めて聞いた」
ちなみに私も初めて聞いた。
子供の遊びのブームはコロコロと変わるため、追いつくのが難しい。
ある時アカネから遊びに誘われたが、ルールが分からなかったため「お母さん、これ知らないなぁ。どうやって遊ぶの?」と聞くと、「遅れてるわね!」と出来る女性アピールをされた。
さすがに、姉には言わないみたいだが。
「ちなみにアカネは、生まれ変わったら何になりたいの?」
「私はね、ネコさん!」
「どうしてネコさんなの?」
姉が話し相手をしてくれている。
気づけば、海岸沿いまで来ていた。
お店まであと少しだ。
「だって、自由な時間にお昼寝出来るんだよ!最高じゃん!」
私と姉は「確かに」とクスクス笑った。
アカネはというと、笑われたことが不服だったのか「じゃあお母さんは?」と若干適当にバトンを投げられた。
「お母さんか。お母さんはね、綺麗に咲くお花かな?ある季節になったら何度でも咲くお花。咲いたら『もうこんな季節だね』って言ってもらいたいな」
アカネは一言「ふーん」と言った。
私の回答はお気に召さなかったようだ。
その後すぐに、「じゃあ、ハルお姉さんは?」と次のバトンが渡されていた。
「えー、わたしー?私は……」
姉は一瞬言葉を詰まらせ、空を見上げた。
ザザーッ……、ザザーッ……
波の音がよく聞こえる。
私は姉の回答に少し興味があった。
姉は基本的にサバサバした性格なのだが……時に「切なさ」「悲しみ」「諦め」そんな感情が入り混じった、何とも言えない表情を浮かべることがある。
私はそれがずっと気がかりで、不思議でもあった。
お姉ちゃんは、何を思っているのだろうか。
私はそれが知りたくて、昔そんな表情を浮かべる姉に声をかけたことがある。
しかし一瞬で表情は切り替わり、普通の顔して「ん?どーした?」と聞いてくるのだった。
そして今。
空を見上げるこの表情こそ、時折見せる例の表情なのだ。
「なんて答えるんだろう……」そう心の中で思っていると
ビューッ
かなり強い風が吹いた。
その間に、姉の口元は動いている。
「生まれ変わっても……〇△※□」
「えっ?」
姉の声はその強い風の音に遮られ、私は一番大事なところが聞き取れなかった。
姉は風になびく髪を耳元で押さえながら、先程とはまた違い、清々しい顔をしていた。
「お姉ちゃん、ごめん。最後が聞こえなかった。何て言ったの?」
「えー。一回言ったからもう教えなーい」
そう言って、ニコッと意地悪そうな笑顔をこちらに向けるのだった。
私は一瞬言葉を失った。笑ったその瞬間。ほんの一瞬だが、違う誰かの面影がチラついたような気がしたのだ。しかし、んー……誰だっけな。
思い出せない。
どこかで見たんだけど……。
目的地は、道路を渡ればすぐの所まで来ていた。
若干気になりはしたが、「そんなの気のせいだ」と自分に言い聞かせ、私たちはランチを予約したお店に入るのだった。