「じゃあ、サエさんまた今度!」

「えぇ、気を付けて行ってらっしゃい」
私たちはアカネを挟む形で、公園に背を向けて歩き出した。

「サエさんって、なんか不思議な感じの人だったね」
姉が不意に話しかけてくる。

「そお?確かにさっきは少し様子がおかしかったけど、本当に優しいお婆さんなんだよ」

「あっいや、変って意味じゃ無くてさ、不思議な力を感じた……というか。サエさんとはどうやって出会ったの?」

「アカネがまだ赤ちゃんの時だよ。私が育児で疲れ切っているところを助けてくれたんだ」

「へー。じゃあ、だいぶ前からの付き合いなんだ」

「そうそう。最近はちょっと物忘れが進んで、同じことを何回もお話されたりすることはあるんだけどね」
私は苦笑いする。

「そうなんだ。心配だね」

「うん。お話にはさ、よく同じお名前の方が出てきてね、とても大切な恩人なんだって。いつもサエさん、その人の写真を持ち歩いてるの。その方に、もう一度会いたいみたい。でも絶対に叶わないんだって」

「え?なんで?」

私は少し声を小さくして話を続けた。
「あのお写真、だいぶ古いものだったから。もしかしたら……」

姉は数秒で何かを察し、これ以上は聞いて来なかった。

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暫く三人で歩いていると
「もう疲れたー」
とアカネが駄々をこねだした。

これはマズイ。
一度駄々をこね始めると、中々機嫌が直らないのだ。

公園から少し遠くのお店を予約してしまったことを後悔した。

「もう少しで着くからねー」

私はそう言ってあやしてみたが、あまり効果は無さそうだった。

「これはもう抱っこしかないか」と、諦めかけているとここで救世主が。

「今、アカネの幼稚園では何が流行ってるの?」

お姉ちゃんだ。

今アカネは「大人の女性」に憧れており、「流行」や「スタイル」といった言葉に敏感なのだ。

当の本人も「えっとねー」と考え始めている。

これはナイスな助け船だ!お姉ちゃん!
私は無言で姉に、親指を立て「グッジョブ」と合図した。
姉は、あっけらかんとした様子で笑っていた。

「思い出した!生まれ変わったら○○さんごっこ!」
アカネが元気よく答える。

「へー!何それ。初めて聞いた」

ちなみに私も初めて聞いた。

子供の遊びのブームはコロコロと変わるため、追いつくのが難しい。

ある時アカネから遊びに誘われたが、ルールが分からなかったため「お母さん、これ知らないなぁ。どうやって遊ぶの?」と聞くと、「遅れてるわね!」と出来る女性アピールをされた。

さすがに、姉には言わないみたいだが。

「ちなみにアカネは、生まれ変わったら何になりたいの?」

「私はね、ネコさん!」

「どうしてネコさんなの?」
姉が話し相手をしてくれている。

気づけば、海岸沿いまで来ていた。
お店まであと少しだ。

「だって、自由な時間にお昼寝出来るんだよ!最高じゃん!」

私と姉は「確かに」とクスクス笑った。

アカネはというと、笑われたことが不服だったのか「じゃあお母さんは?」と若干適当にバトンを投げられた。

「お母さんか。お母さんはね、綺麗に咲くお花かな?ある季節になったら何度でも咲くお花。咲いたら『もうこんな季節だね』って言ってもらいたいな」

アカネは一言「ふーん」と言った。
私の回答はお気に召さなかったようだ。

その後すぐに、「じゃあ、ハルお姉さんは?」と次のバトンが渡されていた。

「えー、わたしー?私は……」
姉は一瞬言葉を詰まらせ、空を見上げた。

ザザーッ……、ザザーッ……

波の音がよく聞こえる。

私は姉の回答に少し興味があった。

姉は基本的にサバサバした性格なのだが……時に「切なさ」「悲しみ」「諦め」そんな感情が入り混じった、何とも言えない表情を浮かべることがある。
私はそれがずっと気がかりで、不思議でもあった。

お姉ちゃんは、何を思っているのだろうか。

私はそれが知りたくて、昔そんな表情を浮かべる姉に声をかけたことがある。
しかし一瞬で表情は切り替わり、普通の顔して「ん?どーした?」と聞いてくるのだった。

そして今。
空を見上げるこの表情こそ、時折見せる例の表情なのだ。

「なんて答えるんだろう……」そう心の中で思っていると

ビューッ
かなり強い風が吹いた。

その間に、姉の口元は動いている。

「生まれ変わっても……〇△※□」

「えっ?」

姉の声はその強い風の音に遮られ、私は一番大事なところが聞き取れなかった。

姉は風になびく髪を耳元で押さえながら、先程とはまた違い、清々しい顔をしていた。

「お姉ちゃん、ごめん。最後が聞こえなかった。何て言ったの?」

「えー。一回言ったからもう教えなーい」
そう言って、ニコッと意地悪そうな笑顔をこちらに向けるのだった。

私は一瞬言葉を失った。笑ったその瞬間。ほんの一瞬だが、違う誰かの面影がチラついたような気がしたのだ。しかし、んー……誰だっけな。
思い出せない。
どこかで見たんだけど……。

目的地は、道路を渡ればすぐの所まで来ていた。

若干気になりはしたが、「そんなの気のせいだ」と自分に言い聞かせ、私たちはランチを予約したお店に入るのだった。