――数日後――

コンコンコン
「はーい」
ガラガラガラ……

「あら、サエちゃん」

今日は久しぶりにおばあちゃんのところへお見舞いに来た。

「おばあちゃん、お見舞いに来るの少し間が空いちゃってごめんね」

「全然いいのよ。それより、どうしたの?元気無さそうね。目も少し腫れてるみたい」

おばあちゃんには全てお見通しだった。

「セイがね、成仏したの。綺麗な光に包まれて消えていった」

おばあちゃんは一瞬驚いた表情をしたが、そのあとゆっくりと頷いた。

「あらそう。それは寂しくなっちゃったわね」

「うん」

「でも、きちんと成仏出来たことは、あの子にとって喜ばしいことなんじゃないの?」
私は黙って俯く。

「何か気になることがあるね」

「私、ちゃんとセイの心の鎖、解いてあげれたかな?私には見えないから、楽にしてあげられたかわかんないの」

私は再び涙が溢れてきて、おばあちゃんに縋り泣いた。

おばあちゃんは私の背中をゆっくりさすりながら、落ち着いた声色でこういった。

「全てのものは永遠では無いけどね、その分必ずどこかで始まりもあるんだよ。それが例え人生だとしてもね」

私はフッと顔を上げる。

「セイもまた別の人生を歩んでる?」

「そうだと私は思うよ。でも、その時にあの鎖までが引き継がれているかはわからない。つまりはね、セイちゃんがどう思ったかが大事なんだ」

「セイがどう思ったか……」

「サエちゃんは、あの子を救いたいと思った。それで旅立つその瞬間に、もしもあの子が『救われた』と感じていたのなら、それが何より大切なことなんだよ」

私はセイと最後の日に交わした会話を思い出す。

セイはあの時確かに、「鎖は解かれた」と言った。
「救われた」とも。
でも最初にセイは「私に見えるか」を確認した。

なぜ?

「おばちゃん、セイは私にその鎖が見えるかを確認したの。何でだと思う?」

「……」
おばあちゃんは暫く考えていた。

「ちなみに、サエちゃんに鎖が見えるかどうかを確認して、セイちゃんは何て言ったの?」

「鎖は解かれていると思うって」

「そうかい」
おばあちゃんは微笑みながら相槌を打った。

「ねぇ、おばあちゃん。今考えても仕方がないことだって分かっているけど、本当のことが知りたいの」

おばあちゃんは私の目をジッと見つめた。

そして、私の手に右手をソッと添えた。

一人じゃない、と教えてくれているようだった。
とても安心感のある、心地の良い温かさだった。

そしてゆっくりと話し始める。

「そうね。きっと、あの子にも自分の心の鎖は見えていたんだろうね。もしかしたら、自分でかけたものだったのかもしれない」

「そんな……」
私は驚愕する。

しかし、セイから過去の話を聞いた限り、心を痛める出来事は沢山あった。

それが積み重なって、鎖となってしまったのだろうか。

「じゃぁ、セイは私に嘘をついていたってこと?私が見えないことを良いことに」

私は、どんどん声を小さくしていく。
そしてブツブツと独り言のように、やや不貞腐れた様子でこう続けた。

「私は救われるヒロインで、自分は傷も見せずにカッコよく行っちゃうヒーローですか」

すると私の隣で「サエちゃん……」と、
心配そうにおばあちゃんが声をかけてきた。

しまった。

私は、元気な顔をして立ち上がる。

「あはは!おばあちゃん、ごめん。心配しないで!セイとは、よくこうやって本音をぶつけ合っていたのよ。それがつい出ちゃった」

安心させるために、今度は私がおばあちゃんの手を握る。

「大丈夫。セイの事を、単なる嘘つきだなんて思ってないよ。優しい嘘つきさんだなって思ってるだけ」

私はニコッと微笑んだ。

私の笑顔にやっと安堵したのか、おばあちゃんもホッとしたような表情をしていた。

そんなおばあちゃんが、私を見ながら真剣にこういった。

「間違いなく一つ言えることは、サエちゃんはあの子のことを救ってるよ。長時間滞在した霊は、心が満たされないと綺麗に浄化なんかされないんだ。サエちゃんは光の粒を見たんだろ?」

「うん、温かみのある優しい光だった」

「だったら、例え鎖が解けていなかったとしても、あの子は悔いなく満足したってことだよ」

「そうなんだ。それなら安心した。おばあちゃん、ありがとね」

「やっぱり私が口を滑らしてしまったばかりに、色々考えさせちゃったね」

おばあちゃんは、思ったよりしょんぼりとしていた。

「そんなことないわよ!大切な友達のために、無駄な時間なんてない。例え幽霊でもね」
そう言って私は笑った。

「でもさ!セイも鎖が見えていたのなら、解く方法とか色々試さなかったのかな?何か試してみたら良いのに。こっちに来てから、セイが何かをするっていったら大抵誰かのためなんだよね。一人で出かけに行ってた所なんて見たことないよ」

私は不思議そうに訴える。

「もしかしたら『解けないのではなく、解かない』のかもしれないね。自分の戒めのために巻きつけたものかもしれないわ。そんなお話はされなかったかしら?」

「……。きっかけになりそうな出来事は色々あった気がする。でも確かに……。セイは自分を責めてた」

「そう。じゃぁ、あの子にとっては元々解く気なんて更々無かったのかもしれないわね。私のように見える人間が居るとは思わなかったのでしょう。あの子にとっては、予想外の出会いだったでしょね。今になっては知る由もないけれど」

おばあちゃんは窓から見える空を見上げる。
今日はとても良い天気。
ガラス窓から、光が差していた。
もう空は、秋の空。
良く見るとすじ雲が空に描かれていた。

「そっか。でもきっと……。『ずっと』は辛いよね。だったらいつかは解いてあげたいな」

「そうだね、そのためには、この事情を知っているサエちゃんが長生きしないとね」
私はフフッと微笑む。

「うん!もう大丈夫な気がする。私には、セイとの思い出があるから」

「そうかい。それは心強いわね」

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「そういえば、おばあちゃんは昔から、こんな特殊な力があったの?」

おばあちゃんは一瞬キョトンとしたが、その後フフッと微笑んだ。

「いいえ。歳を重ねる毎に強くハッキリね、見えるようになったのよ」

私もおばあちゃんの歳になったら、何か見えるようになるかしら。

「おばあちゃん、そう言えば洗濯物は?」

「あぁ、ここにね溜めてあるの」

「わかった。じゃあ、これは新しい着替えやタオル」

「いつもありがとね」

「いいえ、こちらこそっ」
お互い顔を見合わせて、フフフッと笑った。

今日は病院の帰りに、近くの写真館に寄って帰る予定があった。

数日前、カメラに収めていた写真の現像をお願いしていたのだ。

晴れてくれてよかったと、空を見上げる。
病院に植えてある木が、だんだんと黄色みを帯びていた。

写真館に寄ると、「お待たせしました。こちらになりますね」とすぐに受け取ることが出来た。

思った以上に早く予定が済んだため、このまま商店街に寄って、今日の晩御飯の材料を買って帰ることにした。

「ただいまー」

「おかえり」の返事はもちろん無い。

先にご飯食べちゃおうかな!
今日の晩御飯は肉じゃが。先に炊飯器でお米を炊く準備をして、スイッチオン!

⋆┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈⋆

「あー、美味しかった。ごちそうさまでした」

洗い物面倒くさいな、と思いつつも放って置く方が後々面倒なので、早々に取り掛かる。
洗い物も済んで、洗濯物の収納も完了!

「やっとこの時間!今日現像出来た写真たちを見てみるとするか」

色々な写真があった。
懐かしいものばかりだ。
水族館の写真から、お散歩中に何げなく撮った写真。
一番思い出があると言えば、やはりこの二枚だろうか。

セイの写真と、誕生日ケーキの写真。

若干嫌な記憶がフラッシュバックしかけたが、結局今ではそれも良い思い出なのだ。

色々な写真がある中で、ある一枚の写真がひらりと手元から滑り落ちた。

「あ。この写真。そういえばこのタンポポの写真、セイが釘付けで見てた。何でこの写真を見てセイは泣いていたんだろう。しかもこの写真が真実を話すきっかけになったんだよね、きっと」

パッと見、他に撮った植物の写真とあまり変わりないように見えるけど……。
ん?照明に照らして角度を変えて見たりしてみると……あっ。

大小異なる、水滴のような光の玉。
それが薄く写り込んでいた。
しかも単色ではなく、様々な色を含む虹色の光。
何となく「シャボン玉に似ているな」と私は思った。

「これ、何だろう?現像するまで、気が付かなかったな。不思議な光。綺麗だけど初めて見た……」

私は気になって、この光について調べてみることにした。

この光の正体は、「オーブ」と呼ばれるものらしい。

写真等に写り込むことが多いみたいだ。

暫く検索結果をスクロールして見ていると、
オーブは色によってもたらす意味が違うといった記事が目に入った。

確かに、オーブを画像で検索してみると、圧倒的に白色が多いのだ。

しかし、私の撮った写真に写り込んだのは、虹色のオーブ。

この違いに何か意味でもあるのかと、再度調べてみると、あるサイトに辿り着いた。

――虹色のオーブは「幸福の兆し」――

私はこの時、セイが残した最後のキザなセリフを思い出していた。

きっかけ……これだったんだね。

私は「フハハ」と口に出して笑った。

「そうだよ。あのセイだもん。根拠の無い励ましなんか好む人じゃないよね」

そう呟きながら、私は指の腹で目尻を交互に押えるのだった。

そして、私はおもむろにベランダへ出た。

「自分が居なくなっても、この先はもう大丈夫ってことですか?ねっ、セイ?」

私は空に向かって問いかける。

今宵は満月。

あの日と変わらぬ大きな丸い月が、天からこの世に光をもたらしていた。

「ヘッ……クシュッ!うぅ、さむっ!」

暑くなった顔を少しでも冷まそうと外に出たことを一瞬で後悔した。

秋が近くなると、昼と夜の寒暖差が酷い。

ということで、私は一目散に自室へと戻った。