一口飲んでコップは机に置き、再びセイの隣に座る。

「はぁー!」
大きく息を吐く。

その様子を見て、セイはケラケラと笑っていた。

「取り乱してごめん」

「全然いいよ。面白いから」

「からかわないでよ」

「ごめん、ごめん!」

平和なやり取りが続く。

私は咳払いをして、無理やり話を戻した。
セイの心に潜む影を探すためでもある。

「つまり、セイは無理心中に巻き込まれたってこと?」

「そういうことになるね」

「そっか、せっかく前を向こうとしていた時だったのに。ご両親に裏切られるだなんて」

「まぁまぁ!もう、どうすることも出来ないしさ!考えても仕方がないよ!」

セイはサラッと明るく返してきた。

「……。恨まなかったの?」

「んー、別に。死にたい気持ちは私も十分に味わっていたし、その時もまだ完全に断ち切れていた訳ではなかったから、両親の気持ちも分かるんだよね。自分の意志で命を絶った訳では無いから、私はまだ胸を張れる」

そう言いなから、サッパリとした笑顔を私に向けた。

「心残りって言ったら、もう一度妹に会いたかったかな。謝りたかった。私の勝手だけどね」

セイは、諦めを呈した切ない表情で天井を見上げた。

生まれ代わりである自分が何となく居たたまれなくなり、私は俯く。

その様子を見て、セイは慌てて言った。

「あっ!ごめん、ごめん!気にしなくていいよ!元々サエは、前世とか信じて無かったじゃん!軽く『成仏出来たら、良いことあるかもね』くらいのノリで思っててくれたら良いからさ!そんな悲しい顔しないでよ」

セイは近くに置いてあったジンベエザメのぬいぐるみを手に取り、笑いながらボフボフ叩いている。

セイが明るく振舞っているのに、私が勝手に悲しくなるも変だと思い、気持ちを切り替えることにした。

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「そうだね。でもそうなると、セイがどうして成仏出来ないのか、分からないままだね」

「……。それはね、もう最初から分かっていたんだ」

「え⁉それも黙っていたの⁉」

「違うっ!これは、黙っておくしか無かったの!」

「どういうこと?」

セイはばつが悪そうに、首の後ろに手を持っていく。

そして、改まったように何故か正座に座り直した。
「何よ、急に」
私は明らかな態度の変化に、不気味さを感じた。

「妹の最後の願い。『生まれ変わったら、幸せになれますように』って言葉があったでしょ?私、それが脳裏にずっと残っていて……。私がサエの元にやってきたのは、そういった未練があったからだと私は思ってるの。確かめたかったのよ、妹の幸せを。最低な姉だったけど、違う人生で幸せであって欲しかった」

「なるほど、だから生まれ変わりの私のところにやってきた訳ね」

「そう。幸せに生きている姿が見れたらそれで満足だった」

私は「ん?」と一瞬考える。
セイが私の元にやって来た時って……。

「でも、会ってみたら全然幸せそうじゃないだもん!」

「ですよねー」
私は目を泳がせながら返事をする。

「血の気の無い顔に、虚ろな目。出会った当時のサエはこんな感じだったよ」
そんなに酷かったのかと、過去の自分を回想してみる。

「そんな様子に、私は見覚えがあった。そっくりだったの。妹の死で絶望に打ちひしがれていた時の自分の姿に。嫌という程、鏡で見た表情だったわ」
今度はセイが苦笑いする。

「一緒だった。だからこそ、救いたいと思った。今度こそ……」

セイは私の目をジッと見つめた。

「でも今、私は自分に困惑してる。救いたいと思ったのは、間違いないのよ。でも……」
セイ少し間を置き、潤んだ瞳でこう続けた。

「私は結局、妹を助けたいがためにサエを利用したのよね」

私はこんなにも小さくなったセイを見るのは初めてだった。

「私のエゴだわ。ほんとにごめんなさい」

今私がセイにかけるべき言葉は何なのだろう。

セイは罪悪感を感じている。

だったら、
「人の気持ちを何だと思ってるんだ!」
「私はあなたの妹と違う!重ねて見るんじゃない!」って、怒ってあげた方がセイには救いになるのだろうか。

暫く私は俯いて黙っていた。

換気扇の音や、時計の針の音が異様に大きく聞こえる気がする。

気まずい空気が漂うのを肌で感じていた。

ただ、私は考えても正解なんてわからなかった。

だから相手を思いやる言葉ではなく、自分が思った言葉をセイにぶつけることにした。

私はこの気まずい空気を断ち切るかのようにバッと立ち上がり、先程入れて来た水を仁王立ちでグビッと一気に飲み干した。

そして、その飲み切ったコップを机の上にバンッと置き、ひと言セイに向けてこう言った。

「別に良いじゃない!」

セイはポカンと何が起こったのか分からない表情をしていた。そんなセイを見て、私は呆れるように笑った。

「もう本当に、正義感が強いんだから!」

私はヨイショッとソファに腰を下ろす。
一息ついて、私はセイの目を見てゆっくりと話した。

「本当は怒ってあげた方が、セイの気持ちは楽になるのかもしれない。でも今セイに必要なのは、『戒め』では無く『許し』だと私は思うの。もう自分を責めないで」

セイは今にも泣きだしそうな顔をしている。

「そもそも、私を救ったのが誰のためだろうと関係ないのよ。私の心があの時救われたのは事実なんだから。私は今こうやって、生きていることに感謝している。例え妹さんのためだったとしても、セイがしてくれたことは、今を生きている私の人生を変えてくれたんだよ。むしろ私なんか、セイのエゴに巻き込まれて運の良かった人間。私にとっては救世主だったよ」

そう言って私はニヒッと笑顔を向けた。

「人柄って罪になると思うんだよね……」

セイはそう皮肉めいたことを言いながら、元々潤んでいた目からダムが決壊したかの如く涙を零した。

「あー、泣かないの!」

私は急いでティッシュを取りに向かった。

私はこの時、すっかりセイの心にある鎖の存在を忘れていた。

ティッシュを手にして戻ってくると、
セイは一言「ありがとう」と優しい声色で私に告げた。