そんなわけで私は今、
入館の手続きを済ませて涼しい館内まで入ってきた。

「はぁー、涼しい!生き返るー」

手で若干火照った顔を仰いでみたりしていた。

その隣で、涼しい顔をして立っている女の子が一人。
汗一つかかずに、澄ました顔をしている。

若干その余裕のある表情が気に食わないが、この感情のせめぎ合いは不毛過ぎる。

「じゃ順番に回って行こう!」

「ジンベエザメ」

「ジンベエザメ好きね!ちょっとは待ちなさいよ、会えるから!」

こんなコント見たいな会話をしているが、全ては小声である。

セイの声は他のお客さんには聞こえないため、傍から見たら一人漫才状態だ。

しかし、まぁそんなこともあろうかと、もう一つ用意していたものがある。

スマホのイヤホン。
これなら通話先の相手に話しかけているように見え、不自然ではないだろうという作戦だ。

「まずは一階フロアから……。小さなお魚さんがいっぱい。綺麗な色してる」

入ってすぐは、色鮮やかで綺麗なお魚たちが気持ちよさそうに泳いでいた。

最初の水槽を見始めた辺りから、段々と思い出してくる。
私が好きだった、水族館独特の少し暗くてこの落ち着いた感じ。

懐かしい。
私は昔からこの雰囲気が大好きだった。

久しぶりにその空間を五感で感じつつ、私たちはお目当てのフロアに進んで行った。

しかし、さすがテーマパーク。
寄り道をさせたくなるような構造で作られている。

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「あっ!コツメカワウソがいるー!可愛いー!」

私は思いっきりテンションが上がってしまった。

キュルンとした円らな瞳が愛くるしい。

「あっ、こっち見た!こっち!」

パシャリ

可愛い。
上目遣いの写真が撮れてしまった。

そんな風にテンションが上がっている私を、白い目で見ているお方が隣に一人。

先を急ぐとする。

「ここ何階まであるんだろうね」

私はパンフレットを広げながら確認する。

「結構広いね」

「そうだね」と言いつつ顔を上げると目の前には、
ペンギンのエリアが。

「ペンギンじゃん!色々な種類がいる」

ほらまた目移りする。

「ペンギンだったら、餌やりタイムとかもあるのかな?ペンギンって餌丸のみしちゃうんだよね」

「そうそう。餌やりは見れないかもだけど、ペンギンは観れて良かったね」

私は意外と、セイは可愛いものが好きなのではないかと思っている。

「あっ、あっちにはゴマフアザラシもいるよ」

もう計画などは脱線しまくりだ。

しかしせっかく来たのだ、楽しまなければ損なきがする。

「ゴマフアザラシも可愛い!まん丸だ!!」

ゴロンと寝転んでいる所をパシャリ。

セイの方をソロッと向いてみると、
「フフッ」とまんざらでもない様子でゴマフアザラシを愛でていた。

間違いない。
セイも可愛いもの好きだ。

「そう言えば、サエが一番見たい生き物はどれなの?見たいものは先に見といた方が良いよ」

「そうだね。んーっと、クラゲだけは観て帰りたいかな!」

「そうなんだ、クラゲのエリアって何階にあるんだろう」

「んー、ちょっと待ってね」
そう言いながら、私は再度入館時に貰ったパンフレットを広げる。

「三階かな?三階にあるっぽい!」

「じゃあ先にそっち行くか」

「ありがとう」

水族館はグルグル巡るだけでも色々なお魚に出会えて楽しい。

色の綺麗なお魚がいたり、中には見た目が少し怖いお魚もいたり、生きている全ての生き物から神秘的な生命力を感じる。

私たちは周りの水槽も沢山見ながら、私が観たいクラゲの目的地まで行った。

着くとそこには、沢山のクラゲたちが色々な水槽に分かれて展示されていた。

「わぁ、すごい……」
思わず感嘆の声が漏れる。

ここ一面はクラゲ専用の展示フロアらしく、水槽の形まで工夫されてあった。

私が特に観たかったクラゲは、モコモコとした形が特徴のタコクラゲなのだが、ライトアップの演出がされていてとても綺麗だった。

他にもミズクラゲや、光るクラゲなんかも展示されている。

私はクラゲが浮遊している姿が好きなのだ。

ミズクラゲのように、大きな傘を漂わせながら「重力など知らぬ」といった様子で泳いでいるのを見ると、自分の肩までも軽くなるように感じる。

タコクラゲは、動きがポコポコしていて癒される。

色々なクラゲの紹介文を読んでいると、もちろん毒を持つクラゲもいた。
そういう現実的なところをみると、自然界を生き抜く強さみたいなものも感じることが出来た。

私がジーッとクラゲばかりをみていると、セイが尋ねて来た。
「何でクラゲが好きなの?」

「んー、そうだなぁ。クラゲは自由!って感じがするんだ。他のお魚も自由に泳いではいるんだけど、クラゲは『泳ぐ』というより『漂う』っていうイメージが私の中では強くって。そのフワフワと漂っているのを見ていると『あー、何とかなるかなぁ』って思わせてくれるんだよね。今自分の体が感じている重力や、肩に乗っている重圧みたいなものがスッと軽くなるような気がして堪らない」

今はちょうど人気が無かったため、かなり一人で饒舌に話してしまった。

「なるほどね。確かに、クラゲは観ていて心地いい」

セイも良い表情をしていた。
その後はフラフラと、クラゲの色々な水槽を覗き込んでみたり、紹介パネルを読んだりしていた。

「じゃぁ、次はセイの好きなジンベエザメ観に行こうよ!」

「うん」

何度も「開いては閉じて」を繰り返しているパンフレット。
折り目が若干破けそうになっていた。

そんな大活躍のパンフレットで、私はジンベエザメがいるエリアを確認した。

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「迫力すごっ!」
二人とも、大きな水槽の前にたたずむ。

ジンベエザメの存在感は流石に凄い。

この水槽を牛耳るかのように、堂々と泳いでいている。

観れて良かったね、なんて話しているとここでなんとタイミング良く、おやつ(餌やり)タイムが始まった。

一日に二回しかない貴重なおやつタイム。

運が良すぎる!

そんなビックイベントに高揚もしつつ、若干ドキドキしながら待っていると、上の方から大量のプランクトンが投げ入れられた。

すると最初はあまり目立っていなかったお口が、餌が降ってきた途端にガバーッと開いて、表現するなら「食べる」というよりも「吸い込む」に近いような光景だった。

隣にいるセイと目を見合わせる。

セイは目を大きくさせて、表情はキラキラとしていた。

誕生日ケーキを目にした時もそうだったが、こういうちょっとした瞬間に、子供っぽいセイが垣間見える。

セイは一見大人びて見えるが、中身は高校二年生で大人ではない。
こうやって楽しんでくれているセイの姿は、私にとっても嬉しかった。

このジンベエザメがいる水槽には、他にも色々な種類のサメがいた。

エイも一緒に泳いでいる。

その後も二人でジーッと水槽を眺めていると、横から急にヌッと現れたものがあった。

私たちは声を揃えて(正確には一人で)叫んだ。
「マンボウだ!」
私たちはクスクスと笑う。

このマンボウも何て大きいこと。

体は大きいのに目と口はチョボンッとこじんまりしているのが可愛らしい。

私たちは一通り水族館回った。

「セイ、どうだった?」

「ジンベエザメ以外も、結構面白かった」

「そうだよね!お魚に照らされるライトとかも幻想的だったし、水槽の形もオシャレだったよね!」

私たちは現在、梶本さんへのお土産を買いに行こうとしている所だった。

時刻はもう夕方の四時をまわっている。

ショップは一階にあるらしく、そこにゆっくり歩きながら向かっていた。

「着いた、ここだ!わぁ、いっぱいお土産あるね。何が良いだろう?」

今回はチケットを頂いたお礼もあるため、値段も流石に気にしないといけない。

持ち運びのしやすさや、クッキー系のお菓子類だと絵柄が相応しいかなど、色々考えながら物色する。

私がついそれに夢中になっていると、セイがいつの間にかどこかに消えていた。

「あれ、セイ?どこ?」

辺りを見回しながら店内を探していると、後ろから声をかけられた。

「サエ」

「あっ、セイ!どこ行ってたの。探したんだよ」

「これ買って」

セイがバンッと私の目の前に突き出してきたのは、
ジンベエザメのぬいぐるみだった。

「……。セイこれが欲しいの?」

「欲しい」
とても早口で即答された。

「もうちょっと小さめの……」
「これが良い」
全く譲る気はないようだった。

確かに抱き心地も良く円らな瞳で、可愛らしいデザインだった。

「分かったよ。早くこのかごに入れな。セイがずっとそれ持ってると、勝手に浮いてるみたいになっちゃうんだから」

セイは急いでぬいぐるみから手を離し、私の言うことを聞いた。

結局梶本さんへのお土産は、
水族館オリジナルデザインの缶詰クッキーにした。

「よし!お土産も買えたし、そろそろ帰りますか」

そうだね、とセイも頷く。

私たちは外に出て、駅の方に向かう。

私は隣にいるセイに話しかけた。

「セイ、早くこのぬいぐるみが触りたいんでしょ」

セイは目を見開き驚いたような表情をした。

「何でわかった」
私は声に出して笑った。

今回購入したものは全て、クッキーと共に大きな紙袋に入っていた。

「だって明らかにウズウズしてるんだもん」
セイは口を尖らせてむくれた。

「おうち帰ったら、好きなだけ抱っこ出来るから」

「わかってる」

私は口元に手を当ててフフッと笑った。

早く家に帰ってあげたいのはやまやまなのだが、
私は若干小腹が空いていた。

「ねえ、セイ。あそこのソフトクリーム美味しそうじゃない?ちょっと食べて帰っても良い?」

「あぁ、いいよ。確かに美味しそうだね」

「わーい!ありがと!コレ食べたらすぐ帰るから」

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「すみません!バニラのソフトクリーム、カップで一つ下さい!」

「ご注文ありがとうございます。420円になります」

小銭がちょうどあったので、ここで全て出すことにする。

「420円ちょうど頂きました。お作り出来次第、隣のカウンターからお渡し致しますので、横にズレて少々お待ち下さい」

「はい、わかりました」

暫くカウンターの前で待っていると
「お待たせいたしました!バニラのソフトクリーム、カップでご用意しております」

「ありがとうございます!おいしそう」

私は転ばないように慎重にカップを運んだ。

「おかえりー」

「ただいま!」

セイは先に席に座って待っていた。
ただ、セイの場合席取りとしては意味をなしていないのだが。

「カップにしたんだ」

「うん。いつも食べるの遅くて、こういうのコーンにしちゃうと大惨事になっちゃうから」

私は笑いながらそう話し、
頂きます!と一口掬ってパクッと食べた。

「んー!冷たくて美味しい!」

「たくさん歩いたから、ちょうどいいかもね」

そう言いながらセイは、風で乱れる髪を耳にかけていた。

アイスも食べ終へ、一息ついた時私のスマホが鳴った。

この着信は電話だと思いつつ画面を確認すると
「え……」

「どうしたの?」

「おばあちゃん達がいる施設からだ」